【FF7】初晴

 

元日の朝は、よく晴れていた。
抜けるように高い青空の下にまず見えるのは、瓦屋根を頂く巨大な朱塗りの塔と、鳥居と呼ばれる同じく朱塗りのゲートだ。その足元には長い長い石段がまっすぐと下り、自分たちが立つ石畳の参道へと続いている。
そしてクラウドが知る普段とは違って、静かなはずのその風景は人でごった返していた。分厚いコートや、民族衣装の華やかな晴れ着をまとった、人、人、人。参道の両脇には見渡す限りずらりと露店が並び、焼ける肉の湯気や甘い菓子の香りを漂わせては次々と客を呼び込んでいる。

「すっごぉい……」
「うん……」

マリンが呆然と呟き、デンゼルが頷いた。ティファはにっこりと笑って目を細め、クラウドが満更でもない顔で軽く肩をすくめた。
彼らもまた、着慣れないウータイ様式の晴れ着に身を包んでいた。宿を手配したユフィが、せっかくだからとレンタルと着付けのサービスも申し込んでくれていたのだ。そのためかなりの早起きを強いられた子供たちはずっと眠そうにしていたが、いまやすっかり目が覚めたようだ。
エッジとはまったく文化の違うウータイは、子供たち二人にとって初めて見るものばかりだろう。それでも、楽しい祭の雰囲気というものはどこの国であろうと変わらない。最初こそクラウドとティファの間に縮こまってきょろきょろとあたりを見回していた彼らは、やがてそれぞれに興味深いものがあったらしく顔を輝かせている。それぞれティファとクラウドに手を繋がれていなければ、今にも走りだしていただろう。
くすくすとティファが笑い声を上げ、子供たちの肩をぽんぽん叩いた。

「二人とも、行きは見るだけにしておいて。買うのは上でお参りを済ませてからよ」
「おまいり?」
「えーと、お祈り? かな?」
「ユフィは挨拶みたいなものだって言ってなかったか」
「ああ! うん、そんな感じよね。”来ましたよ、今年もよろしく”とか言いに行く感じかしら」
「誰にあいさつするの? 知ってる人?」
「うーん。知らないけど知ってる人、とでも言うのかなぁ」

宗教の概念がほとんどない子供たちに、ウータイ独特の信仰形態を説明するのは難しかった。ティファ自身だって理解しているとは言いがたく、クラウドなどは何を説明されても結局は星だろうの一言で片づけている。もっとも、それでも楽しめばよしとしてくれるのが、ウータイの不思議におおらかなところだった。

 

「ティファあれなに! あの人ふわふわを食べてる!」
「わあ、ほんとだ不思議ね。売ってるお店、どこかな」
「クラウドクラウド! あれ! 一等のプラモ見たことないやつだ!」
「うっ、即完売だった限定品じゃないか。本当に当たるのか……?」

四人の足はなかなか進まなかった。
大勢の人混みに気を使うのもさることながら、周囲の露店で取り扱われているものがエッジとはまったく違うために物珍しく、子供たちばかりかティファやクラウドまでもが不意に興味を惹かれてしまうのだ。
買うのは後でと何度も唱えながら、四人はなんとか露店の誘惑を吹っ切り、参道の端までたどり着く。

「うわー、これ上るの……」
「なんだデンゼル。上れないなら担いでやろうか」
「いっ、いらないよ!」

子供の視点で真下から見上げた長い石段は、まるで果てしなく空へと続くようにも見えるだろう。
にやりと意地悪く笑ったクラウドへデンゼルは真っ赤になって言い返し、手を振りほどいてずんずんと石段を上り始めた。服のせいか普段より幾分大人しい歩きで、マリンがその後を追う。
鍛えている大人二人にとってはさほど大したことのない石段だが、エッジ育ちの子供たちはこの高低差を自らの足で上り下りするような経験があまりないはずだった。彼らの後ろ姿から目を離さないようにと頷き合いながら、クラウドとティファも並んで歩きだす。
白い息を吐きながら石段を登り切った四人は、鳥居をくぐった。今日ばかりは境内も人が多い。迷子にならないよう子供と大人でしっかりと手を繋ぎ、意を決して人波に紛れ込む。
押し流されるようにして辿り着いた立派な建物の軒先で、促された子供たちは巨大なロープを二人がかりで揺らしてガランガランと鈴の音を響かせた。地元民であろう周囲からの微笑ましい目を向けられながら、皆で見よう見まねに手を合わせ、一礼する。

「……なんか、キンチョーしたあ」
「ちゃんとできてた?」
「大丈夫大丈夫。いつ来ても、なんだか自然と気分が改まる場所よね」
「確かにな」

上ってきた石段の方へと順路を戻りながら、クラウドはふと、こちらへ向けられている視線に気づいた。
振り返れば、人々の動線からは少し外れた植込みを背にして、暗色の着物を着た黒髪の男が立っている。その姿にクラウドは思わず数度目を瞬き、隣のティファを呼び寄せた。

「ティファ、あれって」
「あら?」

ティファが驚きながら、胸の前で小さく手を振った。男が確かにこちらを認めて目礼を返したのを見、臆せずすたすたと近づいていく。

「ヴィンセント? 着物、似合うね!」
「――お前たちほどではない。相変わらずのようだな」
「ヴィンセントだ! ひさしぶり!」

神出鬼没の男、ヴィンセント・ヴァレンタインが、なぜだかすっかりウータイ風の堂に入った姿でそこに居た。
笑顔で駆け寄ってくる子供たちに目をやり、彼はかすかにまなじりを緩める。

「あんたがこんな時期にウータイにいるなんてな」
「ユフィから聞いているかと思っていた」
「なーんにも! ユフィと一緒なの?」
「そういうわけではないが、宿をキサラギ家に借りている関係でな。一つ頼まれた」
「ユフィからか?」

反射的に眉を寄せたクラウドに、ティファが苦笑する。ヴィンセントは気にする様子もなく、自身の着物のたっぷりとした袖の中へと手を突っ込むと、そこから数枚の名刺のようなものを取り出した。

「マリン。デンゼル。手を出せ」
「なーに?」

それは美しい紙で折られた小さな封筒だった。子供たちの手のひらに、それぞれ二枚ずつが渡される。

「かわいい! なにこれ?」
「お年玉というそうだ。ウータイでは年始の挨拶とともに、親戚の子供へ小遣いを渡す風習があるらしい」
「――嘘だろ、あのユフィがか?!」

クラウドが思わず目を剥いて叫んだ。出会いの時点から常に何かと要求してくるばかりであったユフィの所業を思えば無理もないことだが、クラウドらしからぬその激しい拒否反応に隣でティファが吹き出し、ヴィンセントでさえ目を逸らして気まずげに咳払いをした。

「……そのユフィが、だ。二人とも、会えたら礼を言っておけ」
「片方はあなたからでしょ。ありがとう、ヴィンセント」
「「ありがとう!」」

本当にもらってもいいのかと及び腰になっていた子供たちが、ティファの言葉にぱっと顔を上げて唱和した。
おそらく自分の分は誤魔化しておきたかったのだろうヴィンセントが、ティファに向かってほんの一瞬苦笑を見せた。まったくいつまでたっても、人から好意を向けられることに馴染めない男なのだ。
思わぬ軍資金を得て、そわそわと今にも石段へ駆け出して行きたそうな子供たちを慌てて捕まえながら、クラウドは彼に声をかける。

「露店巡り、あんたも一緒に来ないか?」
「御免こうむる。――だが夜ならいい」

クラウドの誘いをばっさりと切って捨てたヴィンセントは、しかし珍しくも彼の方から代替案を出してきた。
夜とは、つまり酒の席のことだ。クラウドはちらりとティファの顔を窺う。

「私の席も空けておいてよね?」
「当然だな」

上目遣いの笑顔を見せるティファにヴィンセントが頷き、クラウドは思わずガッツポーズをした。
ティファが子供たちを寝かしつけてくれると言うのなら、それまでは男二人の飲み会だ。そもそもヴィンセントを捕まえられることがめったにないのだから、これはまさに貴重な機会と言えた。
待ち合わせの時間と場所を指定して、ヴィンセントがあっさりと去っていく。もう待ちきれない様子でぴょんぴょんと飛び跳ねるデンゼルとマリンを宥めながら、クラウドとティファはやっと石段へと向かった。

「ティファ! はやくはやく!」
「もう二人とも、落ち着いて!」
「デンゼル、下り階段の方が危ないんだぞ。こけたら宿まで担いで帰ってやるからな」
「えーっ! ぜったいやだ!」

赤い鳥居と青空の下に、軽やかな笑い声が響いた。

 

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