家族揃っての早めの夕食を終え、クラウドは足早にウータイの町中を歩いていた。
正月という期間であるためか、通りはどこも賑やかだ。普段よりも華やかな明かりが灯され、店の呼び込みや人々の笑い声が心地の良い喧騒となってクラウドの気分を浮き立たせる。
待ち合わせは、小さな橋の上だった。通り過ぎる人々の陰に紛れるようにしてひっそりと立つ彼は、歩み寄るクラウドを見つけても手を振ったりはしない。ただほんの少し目元を和らげて、クラウドが傍に来るのをじっと待っている。
「待たせたかな」
「いいや。――すっかり元のお前だな」
「ああ、服? あれは元々レンタルだから」
「似合っていた」
「……そう、か? 派手すぎだっただろ?」
「元日の晴れ着なのだから、あれくらいで丁度いい」
そう言ってクラウドを先導するように歩き始めたヴィンセントは、朝と変わらない暗色の着物と羽織の姿だ。いわゆる晴れ着のような派手さはないが、普段着というにはどことなく上等そうな雰囲気が漂う。
ウータイの血などひとかけらも持たないだろうに、ヴィンセントは着物がよく似合っていた。すっかり着こなしているようにも見えた。私物の少ない彼だから借りものではあるのだろうが、それほどに長くここへ滞在しているのかとクラウドは不思議に思う。
「あんたこそ、着物が似合うな。ここの町中でも全然違和感がないって言うか、なんだかすごく――」
「?」
「育ちがいい人に見える」
クラウドの素直な感想に、ヴィンセントはクッと喉を鳴らした。彼は小さく肩まで震わせて、明らかに笑っている。
きょとんとするクラウドのコートの袖をくいと引き、ヴィンセントはするりと脇道へ逸れた。クラウドの知らない、細い路地だ。店ばかりと見えて看板や明かりは多いが、喧騒はとたんに遠ざかる。
何も言わないヴィンセントにはしかし目当ての場所があるようで、足取りには迷いがなかった。やがて一軒の、瀟洒な料亭めいた店の引き戸をくぐると、中のカウンターで店の人間に話しかけて何かを受け取る。
――ここに来てやっと、クラウドにもその意味が分かった。
階段を上がっていくヴィンセントを、クラウドは慌てて追う。外の佇まいからは想像がつかない入り組んだ廊下を進み、ヴィンセントが鍵を開けた部屋の中へ、二人縺れるようにして滑り込んだ。
ウータイでは一般的な、靴を脱ぐタイプの畳の部屋だった。だがその真ん中に鎮座しているのは卓ではなく、目的も明白な大きなローベッドだ。
ごくりと唾をのんだクラウドを、ヴィンセントはやっと振り返った。赤い瞳が妖しく煌めく――期待に、潤む目だ。
何かを言おうと開かれたその唇に、クラウドはたまらず貪りついた。
ヴィンセントが足元の不安定さに壁を手探りしながら、それでもクラウドに応えようとしてくれる。自身を求められているのだと、そう思えることが嬉しくてたまらず、クラウドはもっともっととキスを深くした。
「んんっ……んっ、クラウド!」
いつの間にか壁際へへたり込んで、お互いにすっかり息が上がってしまってからようやく、静止が入った。
なぜ止めるのかと問う子犬のような青い目に、ヴィンセントは赤い顔でぼそぼそと言い募る。
「……靴を脱げ。一旦落ち着いて、部屋へ入ってくれ」
「ご、ごめん。つい」
「時間はあまりないが、焦らなくていい。……その、……準備はしてきた、から」
ヴィンセントから本当に小さな声でそう告げられた瞬間、クラウドは脳裏でカーン! と戦いのゴングのような音が鳴り響くのを聞いた。殴られたかのような精神的衝撃に耐えながらぷるぷる震える手で靴を脱ぎ、コートを壁に掛ける。するりと羽織を脱いだヴィンセントはベッドに座って、クラウドを見上げながら足袋の足首に手をかけていた。
頭の中ではもう目の前のヴィンセントに喰らいつくことしか考えられていないのに、クラウドの手はことさらゆっくりと自分の服を寛げている。格好をつけずにいられないこの性格が助けになることも人生にはあるのだなと妙な感慨を得ながら、クラウドはうっとりと目を細めるヴィンセントに乗り上がり、再びキスをした。
しっかりと肌を覆って見えた着物が、実はあんなにも無防備で色っぽい服だったとは、思ってもみなかった――
* * *
カンッ、と卓を杯が叩いた音に、クラウドははっと我に返った。
すっかりいつもの不愛想さを取り戻したヴィンセントが、むっつりとした目でクラウドの顔を睨めつける。
「……その締まりのない顔をそろそろ改めろ」
「うっ、ごめん……」
短くも熱い嵐のような時間を過ごした二人は、とうに宿を出て居酒屋へと場を移していた。ティファの合流を考慮してヴィンセントが選んだのは、大通り沿いにあるわかりやすい一軒だ。遅い時間であるにもかかわらず今だ多くの客で賑わっており、店の人気とレベルの高さが伺えた。
一度夕食を食べたとは思えない健啖さでクラウドが注文した料理が、ずらりと卓に並ぶ。ヴィンセントは冷で頼んだ地酒の杯を傾けるばかりだ。
「ヴィンセント。あんた夕食まだだろう。……あの後じゃ、やっぱり食欲ないか?」
「…………気にするな」
声を潜めたクラウドのささやきに、ヴィンセントはそっけなく言い返した。彼の気遣いはわかっていても、そろそろティファも来るという時間に相応しい話題ではない。
クラウドの携帯が鳴り、応答しながら彼が立ち上がって入口に手を振った。ロングスカートにコートという出で立ちのティファが、笑顔で店に入ってくる。
「良さそうなお店ね!」
「ユフィが、君を連れて来たいと言っていた店だ。酒はウータイのものが多いから、参考になるかはわからないが」
「じゃあ試さなくっちゃね! 料理も、知らないものが多いけどとってもおいしそう! あら、でもあんまり進んでないんじゃない?」
「さっき始めたところだ」
「やだ、待たなくてもよかったのに」
「そういうわけでもない。クラウドが夕食は食べたと言うから、しばらく散歩してきた」
「そうなんだ! 二人とも、楽しんできたみたいで何よりね」
ヴィンセントに差し出された酒のメニューを吟味しながらさらりとティファが言い、クラウドとヴィンセントは思わずちらりと目を見合わせた。
「……? どうかした?」
「いや」
「あっ、注文を頼む」
クラウドが手を上げてすかさず店員を呼び止め、ティファの地酒と自分のビールを注文した。
あっという間にそれらが運ばれてきたところでティファが楽し気に音頭を取る。
「乾杯しましょ。あけましておめでとう!」
「ああ、おめでとう」
「……新しい年に」
三者三様に掲げられたグラスと杯が、初星のごとくきらりと金色の光を弾いた。
