【逆行物】[u]-εγλ 0002 賽は投げられた - 2/2

 

『生きては超えられぬ山』ニブル山は、めったに晴れていることがない。
早朝、山道の入口に集まった調査部隊と案内人二人は、陰気に煙る灰色の山を背に装備の確認を終わらせた。

「よろしく頼む」

セフィロスの声掛けに頷くヴィンセントは、赤い外套の上からライフル銃を背負っている。

「先行しておく。ティファと来てくれ」

そう言ったかと思うと、その痩躯は目の前からふらりと消えた。セフィロスが慌てて山道へ目をやれば、翻る赤い裾はみるみるうちに遠ざかり、崖を蹴って見えなくなった。
多少銃が使える、とは聞いていた。そのせいでタークスに言い寄られているのだと、ヴィンセントのあからさまに迷惑そうな愚痴も知っている。だがセフィロスが知る彼はあくまで一般人のいち医学生でしかなく、ここが彼の地元であることを差し引いても、これほど”動ける”とは思ってもみなかった。
タークスの人を見る目は確かだったのだ。
セフィロスは思わず傍らのティファを見た。彼女はクラウドという一般兵と何やら微笑ましい合図を送り合っていたが、いよいよ任務が始まることに気付いてか、改まった様子で背を正した。

「大丈夫です。出発しますか?」
「……ああ」

兄とは違いおしゃれを優先したらしい衣服に身を包んだティファは特に驚いた様子などもなく、遊山のような気軽さで案内を開始した。
山肌の荒れた険しい山道を、少女にしては軽快な速さで登っていく。道があるのだから楽な行軍だとセフィロスは思っていたが、ザックスはともかく一般兵の二人は、ティファとほとんど変わらない速度しか出せていない。案内を頼んで正解だったかもしれない。
ときおり、ターン、とどこかから銃声が響く。先行したヴィンセントが動物やモンスターを追い払っているのだとティファが説明した。

「追い払えないタイプも多いので、その時はお願いしますね」

聞こえてくるティファとザックスの世間話によれば、ヴィンセントは村でも優秀なハンターらしい。当然ながら、専門は食肉としての動物の方だと言うが。

「――サー・セフィロス」

頭上からの声に、セフィロスが振り仰ぐ。
崖の上の茂みからするりと抜け出てきたヴィンセントが、崖を蹴って部隊の傍へ降り立った。

「あれを曲がったところで崖上に三体。その先は少し拓けているんだが、飛行型によく狙われる場所なんだ。挟まれたくない。その場で倒してくれ」
「わかった」

ヴィンセントの報告は確かなものだった。
崖上から襲い掛かってきた三体の虫型モンスターはソルジャー二人が斬り捨てたが、飛び跳ねるそれらに追われて道の先へと逃げるという状況はいかにもありそうだった。またその先がいかにも戦いやすそうな拓けた場所に見えるのも良くない。ヴィンセントの言った通りそこは飛行型の通り道で、一行もズーの群れに襲われた。
セフィロスの魔法が群れの中心に巨大な火の玉を作り出した。範囲外のモンスターを一般兵の自動小銃が撃ち、高度の下がったところをザックスが両断する。ヴィンセントとティファは戦いの邪魔にならないよう、岩陰に身をひそめているようだ。
不慣れな道で乱戦にならないありがたさを、部隊の全員が感じていた。

「ヴィンセントのおかげでめちゃくちゃ楽!」

戦闘を終えたザックスが輝く笑顔でヴィンセントを褒め称えた。
ヴィンセントは照れたように表情を緩め、頷いてまた道の先へと姿を消す。
そうして幾度か戦闘をくり返し、一行は長いつり橋の前に辿り着いた。

「うっわ、長っげー!」

そびえたつ塔のような岩山の頂上へと、つり橋は上り坂になって繋がっている。岩山の陰に張り巡らされた巨大なパイプ網を見れば、目的の魔晄炉とはあの中だろうと知れた。
珍しい光景に感嘆するザックスをよそに、ヴィンセントはわずかに眉を寄せた顔でつり橋へと近寄り、ロープを確かめている。

「どうした」
「……ソルジャーの大剣は何キロあるんだ?」

セフィロスは思わず目を瞬いた。計ったことはない。が、一般人には振り回せないほどの重量であるのは確かだ。
つり橋のロープは随分と古びている。劣化しているようには見えないものの、ヴィンセントの懸念には頷けた。少なくとも全員が一度に渡るのは避けるべきかもしれない。

「確かに危険だな。迂回路はないのか」
「下から洞窟が繋がっている。だが長く使われていないせいで、ここから降りる道自体が消えかかっているんだ」

見下ろす谷間はかなりの深さだ。不気味に揺らめくもやの下には、どうやら川のような流れもあるらしい。

「先に一般兵を渡らせる。済まないが、彼女もだ」
「そうだな、ソルジャー以外は問題なかろう。私は最後に渡る」

分断される場合を想定すれば、案内人が二人いたのは好都合だった。
何事も起きないことを祈りつつ、セフィロスは部隊員を集め指示を出し始めた。

 

***

 

ティファを間に挟んだ一般兵二人がおそるおそるつり橋を渡り切った。
セフィロスは次に、渡るようザックスへ指示を出す。

「これ、落ちたらどーすればいいの……」
「着地しろ」

セフィロスの無情な返答に、後ろからはフフッと笑いをかみ殺し損ねた音がした。

「ヴィンセントぉ~」
「早く行け。後がつかえている」
「上司がヒドイ! ちくしょー行ってくるぜ!」

元気に叫んだザックスが、特に恐れる様子もなくつり橋を歩いていく。
ロープはぎしぎしと軋んだが、それだけだった。やがて軽快に渡り切ったザックスは、合流した一般兵たちとハイタッチしていた。ヴィンセントもほっと胸を撫で下ろす。
すっとセフィロスが立ち、ヴィンセントへ向かって軽く頷いた。ヴィンセントは頷き返す。
つり橋へ足を踏み出したセフィロスは、安定した足どりで危なげなく進んでいった。
彼が谷間の中央付近へ差し掛かっても、ロープは何事もなく耐えていた。しかし。

ぐらり、と地面が揺れる。地震だ。
最悪のタイミングだった。つり橋は振り子のように揺られ、暴れ、咄嗟に駆け出したセフィロスごと踏板が浮いた。
宙に放り出されかけたセフィロスがとっさにロープを掴む。それこそがとどめとなった。

「セフィロス!」

セフィロスと大太刀の重量が一点に掛かれば、当然ロープでは支えきれない。
つり橋が無残に千切れた。ばらける踏板と共にセフィロスが落ちていく。
見守る者たちにはほんの数瞬がスローモーションのように感じられた。切り取られたような時間の中で、セフィロスは恐るべきことに空中で体勢を変えて大太刀を構え、地面に向かってそれを大きく振った。魔晄の光が大太刀を取り巻いて、刃の形に撃ちだされる。
ドオォオン! とすさまじい轟音が立ち、谷底が爆ぜた。立ち込めた土煙の中から岩の破片が崖の上にまで飛んできて、身を乗り出して下を覗き込んでいた全員が慌てて頭をかばう。

「――セフィロス!」

ぱらぱらと降る石の雨が落ち着いたころ、誰かが叫んだ。
淀んだ空気を見せつけるように停滞していた谷底の土煙が、突如ぶわりと渦を巻き、霧散した。風魔法だろうか。その中心には埃まみれだが見間違えようもない、銀髪の英雄が立っている。
崖上の者たちは一斉に安堵のため息をついた。
ソルジャー1stならばこれくらいの事故はものともしないだろうと信じていても、肝は冷えるのだ。
谷底のセフィロスは上を見上げ、まずザックスに向かって手を払った。行け、という仕草だ。元々の打ち合わせ通りに魔晄炉で合流を待てと言っているのだ。ザックスも手で大きく丸を作ってそれに答える。
次いでセフィロスはヴィンセントの方へ目をやった。今度は手招きだ。ヴィンセントも片手を上げてそれに答えた。

つり橋が作られて以降長らく忘れ去られていた小道から、ヴィンセントが谷底へと降りたつ。帰りに通ることも考慮して道に多少の整備の手を入れていたため、既に一時間近くが経過してしまっていた。
自らが作り出した地の割れ目の傍で岩に座っていたセフィロスは、近づいてくるヴィンセントの足音に顔を上げる。

「セフィロス。待たせてしまって済まない」
「いや。思っていたよりもよほど早い」

ヴィンセントが崖を下りている間に埃を払ったらしく、セフィロスの姿はまったく普段通りだ。

「流れを遡った方に洞窟がある」
「わかった。だがヴィンセント、その前に休憩を取れ」

立ち上がろうとしなかったセフィロスは、どうやら最初からそのつもりだったようだ。
ヴィンセントは薄く苦笑する。”一般人”には当然必要な措置だ。ヴィンセントは見た目よりもかなりレベルが高いが、今はただの人間だ。疲労はもちろんある。

「――ありがとう」

その厚意をありがたく受け取り、ヴィンセントは同じように辺りの岩へ腰掛けた。荷物から携帯食料と水を取り出し、黙々と咀嚼していく。

何の因果か人として知り合う機会を得、接すれば接するほどに、セフィロスの”以前”との違いは顕著だった。
かつてクラウドたちと倒したあれは間違いなく狂っていた――狂わされてしまっていたのだと、わかってしまう。”以前”にも知っていたつもりだったその事実が、今はより深くヴィンセントの心にのしかかる。

ヴィンセントが調べた限り、ルクレツィアはこの時間軸でもセフィロスの誕生直後に失踪していた。実験サンプルとして産み出された彼を、愛情をもって接してくれた人間は周囲にいたのだろうか。
人権などなく繰り返される訓練という名の実験。そのために生まれたのだと、幼くして戦地へ放り込まれる日々。常人には耐えられないだろう。だがセフィロスにはそれ以外の生活など存在しなかった。
皮肉にも実験のせいで非常に高い能力を生まれ持った彼は、その日々に耐えて頭角を表した。たとえ兵器扱いだとしても、戦争という時勢もあって研究室から軍へ所属を移せたことは契機だったに違いない。厳しい日々の中で仲間を得、友を得、英雄と呼ばれるまでになった現在のセフィロスは――間違いなく、人間として成長していた。

ミッドガルでヴィンセントが彼らと過ごした時間はほんのわずかだったが、それは”以前”の仲間たちとの日々すら思い起こさせる温かいものだった。そして今、ジェネシスとアンジールという両翼を失くしてもセフィロスは、クラウドを家に帰したり、自らには必要のない休息を他人に取らせるといった気遣いのできる心をまだ失っていない。
どうかこのまま、ジェノバに狂わされないでいられれば。

――セフィロスにも、ヒトとしてささやかな幸せを掴む未来があったのかもしれない。

天啓を受けたかのように、ヴィンセントは唐突に気がついた。
おそらくこれこそが、ヴィンセントが”以前”の記憶を持ったままここに存在する理由なのだ、と

 

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