「お待ちしていました。神羅カンパニーのサー・セフィロスと、調査部隊の方々ですね」
にこにこと笑う恰幅の良い男は、このニブルヘイムの村長だと名乗った。
これまで任務で関わってきた者たちと同じように、セフィロスを英雄だと褒めそやし、言葉巧みに村の窮状を訴える。だが正直なところセフィロスは、その後ろに立っている男の姿が気になって村長の話など聞いてはいなかった。
セフィロスはポーカーフェイスだとよく言われるが、ごく限られた身近な者にとっては、その表情を読むのは特に難しくもないらしい。その数少ないうちの一人である男が、喋り続ける村長越しに、気もそぞろに自分を凝視するセフィロスを見てひっそりと苦笑を浮かべた。
「父さん、そろそろ私たちを紹介してもらえますか」
「お、おおすまん。サー、こちらが手配を頼まれていた案内人です。うちの息子と娘ですが、この村一番のガイドですよ。お役に立てるはずです」
やっと村長が脇に退くと、それを促した長身の男が軽く礼をした。
つられるように、その隣でロングヘアの少女がぺこりと頭を下げる。
「ヴィンセント・ロックハートです」
「ティファです。ガイドは任せてください!」
黒髪の兄妹が、にこりと微笑んだ。
***
「久しぶりだな、ヴィンセント。ここがお前の村だったのか」
「ああ。君は随分ご活躍だそうだな、セフィロス。心配していたが、怪我などなさそうでなによりだ」
「ヴィンセント、俺も俺も!」
「ザックスも元気そうだな。1stに昇進したという記事は見たぞ。おめでとう」
「へへっ!俺はやるって言ったろ?」
はるばる都会からやって来た花形ソルジャーたちとまるで友人のように会話する兄の姿に、ティファは目を丸くして慌てたように問う。
「おに……兄さん! セフィロス……さん、と知り合いなの?!」
「……言っていなかったか?」
「言ってない! なにそれひどい!」
愛らしく頬を膨らませたティファに、ザックスがにこにこと笑いかける。
「かーわいーなー! さすがヴィンセントのウワサの妹さん! 俺、ソルジャー1stのザックス。案内よろしくな、ティファちゃん」
「は、はい!」
頬を赤くしぴんと背筋を伸ばしたティファは、こんな田舎にはもったいないほどの美少女だった。スタイルも素晴らしい。剥き出しの細い手足には健康的な筋肉が見え、多少鍛えてもいるようだ。
そしてセフィロスが向き直った先の男もまた、一見痩身に見えて鍛えられた体躯をしていた。
ヴィンセント・ロックハート。黒髪に珍しい真紅の瞳と非常に整った容貌を持つ彼は、ミッドガルでひょんなことからセフィロスたちとは友人と呼べる関係を築いていた。だが二年前、医学部を飛び級で卒業した彼は故郷へ帰るのだと言ってあっさりとミッドガルを離れてしまった。それ以来だ。
あの頃は楽しかった。アンジールやジェネシスも共にいた。
懐かしい日々を思い出してしまったセフィロスの目に陰がよぎる。
ヴィンセントは目ざとくその陰に気づいたが、部外者の多いこの場でそれを口に出すことはできなかった。その代わりに、場を仕切り直すべく口を開く。
「サー・セフィロス。お疲れのところ申し訳ありませんが、先に日程の打ち合わせだけよろしいですか。お聞き及びでしょうが、滞在期間中はあちらの宿屋を貸し切ってあります」
「――ああ。気遣いに感謝する」
役目を終えた村長を去らせると、ヴィンセントは一行を宿へと誘導した。
***
打ち合わせは人払いを済ませた宿の食堂で行われた。
集まった人数を一瞥したヴィンセントが少し首を傾げ、セフィロスに問う。
「魔晄炉技師の方がおられないようですが、後からの合流ですか?」
「その予定はない」
セフィロスが即答すると、ヴィンセントは一拍置いて「承知しました」と目礼した。
戸惑うようなその一拍が気になり、セフィロスが問い直す。
「……何か問題でもあるのか」
「いいえ、サー。魔晄炉の調査と伺っていたものですから、てっきりソルジャーは技師の護衛として派遣されたものだと思い込んでおりました。立ち入ったことをお聞きして申し訳ありません」
そう言って他人行儀に頭を下げたヴィンセントの姿に、確かにそうだ、とセフィロスは唐突に気付く。
魔晄炉の適地調査ならともかく、今回はセンサーによって既に異常が検知されている魔晄炉の調査任務だ。モンスターによる破壊行動の可能性に備えてソルジャーを、という話はわかる。だがのちの修理が前提ならば、専門の技師が同行していなければ二度手間となる可能性が高い。
なぜ自分はこの任務に疑問を持たなかったのか? セフィロスは知らず眉根を寄せた。
「――いや。1stならば、この件を処理できる程度の知識と技能はある」
セフィロスがそう呟くと、背後から「うぇええ?!」という奇声が上がった。
一瞬目を見合わせたセフィロスとヴィンセントは、互いに聞かなかったふりをして打合わせへ戻る。
それからの話はスムーズに進んだ。セフィロスとヴィンセントの双方が、効率の良い仕事を是とするタイプの人間だったからだ。
魔晄炉行きは明日と決まり、明朝の集合時間を告げてセフィロスは一般兵の二人を解散させた。やはり行軍の疲れがあるように見えたからだ。
ソルジャー二人は友人であるヴィンセントと、彼にくっついて帰ろうとしないティファとともに、食堂で紅茶と軽食を嗜んでいた。
「そう言えば、あの一般兵もここの出だと言っていたな」
「クラウドのこと? せっかくだし家に帰っとけって言っといたぜ。良かったよな?」
「ああ」
「……クラウド? クラウドが来てるの?!」
ティファの弾んだ声に、ヴィンセントは表情には出さないままぎょっとした。”以前”では、この部隊にクラウドが入っていたことをティファは長らく知らなかったはずだ。
思い直して、驚いたように軽く目を見開く。”ヴィンセント・ロックハート”ならば驚くはずの場面だからだ。
「知り合い? ああ、ティファちゃんとは同じくらいの歳だもんな、当然か」
「幼なじみなんです。ソルジャーになるって、村を出て」
「なーる。こんなかわいい子と幼なじみだなんて、クラウドも隅に置けねーな! 今はまだ一般兵だけど、ソルジャー目指していっつも頑張ってるぜ!」
「そうなんですか!」
ザックスが陽気にクラウドを褒めると、ティファが嬉しそうに頬を赤くする。
この時点で自身が一般兵でしかなかったことを気にして、”以前”のクラウドはティファの前に名乗り出ることができなかったらしい。だが今回、彼が一般兵である事実を告げられたティファの方はさほど気にしていないようだった。結局は、男のプライドが悪さをしたということだろう。
「会ってくるなら今のうちだ。明日からは任務に入る」
「……はい!」
セフィロスがそう言うと、ティファはぐずぐずと居座っていたのが嘘のようにぱっと立ち上がり、笑顔で暇乞いを告げた。
去っていく軽い足音を見送り、三人は誰からともなく顔を見合わせる。
「――やっと行ったか」
「手間を取らせた。母がいないので甘やかして育ててしまってな」
「いや~かわいいもんな~。ありゃ仕方ないぜ」
ザックスがにやにやと笑いながらヴィンセントを小突くふりをする。ヴィンセントは小さく肩をすくめ、ひとつため息をついた。
いよいよその時だ。この問いをするべきかしないべきか、判断は未だつきかねた。だが――彼らの友人である”ヴィンセント・ロックハート”であれば、しないはずがないのだ。
「――新聞には、ジェネシスとアンジールが殉職したとあったが、本当なのか」
ヴィンセントの問いに、セフィロスとザックスが打って変わって沈痛な面持ちになる。
「……本当、なのだな」
ヴィンセントは唇をかみしめる。
どうしようもなかったとは言え、その結末を知りながら救えなかった者のことを思うとひどく胸が痛んだ。”以前”では資料上の人名でしかなかった彼らと実際に出会い、笑い合う仲になってしまったあとでは、その痛みもひとしおだ。
ヴィンセントのそんな思いを彼らは知る由もないが、友を失った悲しみに暮れる姿に嘘偽りはなかった。悲哀に目を伏せるヴィンセントに、ザックスがおろおろと何かを言いたげにする。
だがちらりと目をやったセフィロスは首を振った。一般人であるヴィンセントに神羅の機密を洩らすわけにはいかない。当然のことであり、それくらいは従軍経験などない”ヴィンセント・ロックハート”にもわかる。
顔を上げたヴィンセントはザックスに向かって微かに首を振った。何も聞かない、という意思表示だ。
――もっとも、何が起こったかを”ヴィンセント・ヴァレンタイン”は資料上の文章として知っている。知っていて、ヴィンセントは彼らを諦めたのだから。
「……危険な任務のために来たお前たちに対して、言っていいことではないかもしれないが」
切望するルクレツィア。罪などない赤子。自分たちが大空洞まで追っていったもの。
水底に祈りが沈む。俯く星痕のクラウド。突き立てられた大剣と、傍に咲く花。
走馬灯のように”以前”の過去が瞬く。
いつの間にか握りしめていた拳に目をやり、それを解きながらヴィンセントは言った。
「なるべく、死んでくれるなよ」
途端にザックスがくしゃりと顔を歪める。
セフィロスは、まるで幽霊でも見たかのように虚を突かれた顔をしていた。
