「まさかこう来るとはな」
「いい考えでしょ? 発端のヴィンセントにはちょっとくらい苦労してもらわないとね」
苦笑とともにため息をついたヴィンセントへ、仕返しよ、と言ってティファは笑った。
ティファの指定で二人が落ち合ったのは、なんとレンタル専門のドレスショップだった。ここで服を選んでから行く先は、ジュノンでも由緒のあるとあるダンスホールだ。まるで夜会のような生演奏とともにダンスを楽しめることで有名で、当然ドレスコードがある。
「素敵なリードを期待してるわよ、元タークスさん?」
余裕ぶったことを言ってはいるが、実のところはティファの方こそダンスは付け焼刃である。
クルーズ船の中で見つけた、パーティのためのダンス講座に参加しただけだ。とはいえ非常に優れた運動神経のおかげで、数時間ののちその体運びは講師が賞賛を送るほどになっていたが。
「……期待には応えよう」
対するヴィンセントの口から、ダンスの経験があるなどという話は聞いたことがない。だが元タークスという彼の経歴からすれば技術の一つとして修めていてもさほど不思議はなく、事実、彼はできないとも言わなかった。
たっぷり時間をかけて楽しみながらティファはドレスとスーツを選び、併設の美容院で二人分のヘアメイクも頼んだ。二人とも黒髪に赤系の瞳なので、衣装はまるで互いの色を身に纏っているような揃い具合になってしまい、ティファはついつい笑ってしまった。それぞれ、本当の相手は別にいるというのに。
ティファは背中が大きく開いた赤のロングドレスを選び、夜空のようにラメがきらめく黒のショールを首元に巻いている。白い肌に繊細な金鎖のアクセサリーが揺れる。長い黒髪は華やかなアップにしてもらい、赤い薔薇の生花を挿した。足元も赤のハイヒールだ。
「綺麗だ。よく似合っている」
「ありがとう。ふふ、ヴィンセントもすごくかっこいいわよ」
ヴィンセントは黒の燕尾に臙脂のタイをつけ、真紅のチーフを覗かせている。髪を一つにまとめた姿は今までもたまに見ていたが、きっちり前髪を上げているのは初めてかもしれないとティファは思った。その整った顔立ちは相変わらずつくりもののように美しく、普通の女性では隣に並ぶのを気後れしてしまいそうだ。
もちろんティファは、そういう意味で普通の女性の範疇ではない。
ヴィンセントの実に堂に入った様子のエスコートを気負いなく受け、迎えの車に乗り込む。
「ねぇ、あなたの写真をユフィに送ってあげてもいい?」
「駄目だ」
「どうして?」
「君の一人勝ちだからだ。ユフィは面白がるかもしれないが、私が同じようにクラウドへ送ったとしても、嫉妬を買うだけなのだからな」
「……嫉妬してくれるかしら?」
「既にすごいぞ。知らないのは君だけだ」
やれやれと言わんばかりにヴィンセントは首を振った。
ダンスホールは既に着飾った人々で溢れていたが、ヴィンセントとティファという美男美女カップルは室内へ足を踏み入れた瞬間からかなりの注目を集めていた。
「なんだか見られてるわね」
「君がそれだけ魅力的だということだ」
真顔で吐かれた、しかし歯の浮くようなヴィンセントのセリフに思わずティファは笑みをこぼした。まったくもってヴィンセントが言いそうにない言葉なのに、恐らくお世辞でないだろうことが面白すぎる。
「原因の半分はあなたでしょう?」
「何を言う。こういった場の男はただの添え物だ」
実のところカップルではないものの気の置けない仲である二人は、そんな軽い応酬を交わしながら、曲の切れ目をとらえると息の合った様子でホールへと滑り込んだ。
「どうしよう。ダンス、そんなに自信がないのに。ヴィンセントはもしかして得意だったりする?」
「っ、得意ではないが」
そんな風に聞かれるとは思っていなかったのだろう、ヴィンセントは珍しくも一瞬笑いを喉に詰まらせた。
「昔取った杵柄、だな。ステップはわかるのだろう? ならば後は身を任せてくれればいい」
「さすがね。頼りにしてるわ」
ティファがそう答えると同時に改めて手を取られ、腰を抱かれた。
曲が、始まる。
クラウドとはやっぱり、違う。
ヴィンセントのリードに導かれて軽やかにステップを踏みながら、ティファは思った。
もちろんクラウドと踊ったことはないし、クラウドにこんな真似ができるとも思っていない。だがクラウドの手というのは、ティファにとって最も身近にある男の手だ。
今まさにティファを抱き支え、手を引いてくれるヴィンセントの身体を意識していると、なぜか同時にクラウドの感触ばかりを思い出し、比較してしまう。
腕の中から見上げると、至近距離のヴィンセントの顔というのは整いすぎていて心臓に悪いほどだ。鮮やかなルビーの瞳がティファを見つめ時折和らぐさまなど、まるでドラマ化した少女漫画のようですらある。
だがやっぱり、クラウドとは違う。
ヴィンセントの腕の中でティファが感じるのは安心感だ。クラウドとは目が合っただけでドキドキすることもあるのに、ヴィンセントとはこんなに密着していてすら、特に胸が高鳴るわけでもない。
言うなれば――
「ヴィンセントって、なんだかお兄ちゃんみたい」
独り言のようなティファの呟きを聞きとがめたヴィンセントは思わず咳込んだ。
それでもテンポを乱さなかったのはさすがと言ったところだ。くるくると回されたティファが再びヴィンセントの顔を見た時には、彼は元の調子を取り戻し、苦笑を浮かべてティファを見下ろしていた。
「年齢的には君の親世代だがな」
「見た目的には合うんじゃない? 色も似てるしね」
ティファは死んだ父親のことをよく覚えている。どうしたってそこにヴィンセントは重ならない。
そもそもティファは一人っ子だったので、兄妹というものもイメージでしかない。
この架空の兄は、いつだって知らないところでティファを気にかけ守ろうとしてくれる。思い返せばこの旅行の発端もそうだった。
「もし君のような妹がいたら、全く違う人生になっていただろうな」
「きっと私たち、出会わなかっただろうね」
「色々あったが……そう考えると、人生というものは最後にはつり合いがとれるのかもしれないな」
「何のつり合い?」
「失ったものと、得たものとがだ」
「……うん。そう、思いたい」
緩やかに曲が終わり、ティファはヴィンセントに支えられてぴたりと最後のポーズを決めた。
とても楽しかった。おそらくヴィンセントが上手いのだろう。せっかく覚えたのだから、エッジでもどうにかまた踊る機会が作れればいいのにと思う。
ヴィンセントに手を取って促され、ティファはホールから離れた。飲み物を取って渡してくれたヴィンセントが、ふと笑いをかみ殺すような目をしたことにティファは気付いた。
「ヴィンセント、どうかした?」
「兄の役目はここまでらしいぞ」
ヴィンセントはティファの肩に触れ、その背後を指し示した。振り返ったティファの視界に、見慣れた金色のツンツン頭がまるでスポットライトに照らされでもしたかのように浮かび上がる。
ティファは必ず彼を見つけ出す。間にどれだけ人がいたって関係ない。
ああ、どれだけ会いたかったことか。とたんに高鳴る鼓動を感じ、ティファはあでやかに微笑んだ。その笑顔はクラウドというたった一人にだけ向けられるものだということを、クラウド本人は知っているのだろうか。
やはりクラウドは。クラウドだけが、ティファの特別なのだ。
魔晄の瞳はティファを見つめている。見つめたまま、彼は慌てたように人々の間を縫って駆け出した。
