街中にカボチャやコウモリの飾りつけが溢れるその日、セブンスヘブンには「臨時休業」の札がかかっていた。
うかがい見れる室内は暗く、人の姿はない。扉の前に立ったヴィンセントはわずかに眉を寄せる。
臨時休業を知らなかったのではない。いるはずのティファの気配が感じられなかったからだ。
連絡を取るべきかとヴィンセントが思案していると、中からばたばたと二人分の子供の足音が響き、勢いよく扉が開いた。
「「ヴィンセント!」」
「デンゼル、マリン」
飛び出してきた二人は明らかにほっとした様子で口々にヴィンセントの名を呼び、彼を中へと迎え入れた。
ヴィンセントは持っていた小さな包みをカウンターに置くと、マントを払って二人の子供の前に屈みこんだ。
「何かあったのか」
「ミッドガルの方で何か大きなモンスターが出たんだって。それでクラウドがWROに呼ばれて手伝いに行ったんだけど」
「途中で何かあったみたいで電話がきて、ティファも慌てて出ていっちゃったの」
ミッドガルではかつての魔晄炉の影響か、今でも稀に予想外のモンスターが現れることがある。
それにしても星を救った英雄二人が駆り出されるとは。随分と強大な個体が出たのか、それとも大規模な群れだろうか。
「では、私もそちらへ行った方がいいか?」
「ううん、違うの」
「クラウドとティファは心配いらないよ! 強いもんな!」
マリンとデンゼルは揃って首を振る。垣間見えた笑顔からは、養い親への強い信頼が伝わる。
「だが、お前たちは何かが不安そうだ」
「うん……」
二人は一度顔を見合わせてから、ヴィンセントを見た。
「ね、ヴィンセント。今日これからって時間ある?」
「お前たちより優先すべき用事などない」
「ほんとに?! あのね、今日ってハロウィンなの。あ、ハロウィンって知ってる?」
無邪気に問われ、ヴィンセントはほんの一瞬口ごもる。
「……確か、子供が仮装して菓子をねだり歩く祭りだったか?」
ヴィンセントの時代には全く知られていなかった風習だが、現在では一般的になったイベントなのだといつぞやユフィが力説していたような気がする。
おぼろげな記憶による要約だったが、大方間違ってはいなかったようで、聞いたマリンは力強く頷いた。
「そう! エッジでもイベントしようってなってね、外の通りもいっぱい飾りつけしてあったでしょ」
「あれ、おれたちも作ったんだ!」
「わたしたち、みんなで夜に、お菓子をもらいにいろんなおうちを回る予定だったの。だから、うちでも配るお菓子を用意しなきゃならないんだけど、ティファは作ってる途中で出かけなきゃならなくなって」
「……なるほどな」
ヴィンセントは立ち上がり、キッチンを覗いた。確かに、普段はあまり見かけない器具がいくつか置いてあるようだ。
「ティファはどうするつもりだったのか、聞いているか」
「クッキーだよ。あとは焼くだけだって言ってた」
「火とかオーブンとか、私たちだけで触っちゃいけないの。だからヴィンセント、手伝ってほしいの!」
見上げてくる子供たちの真剣な瞳に、ヴィンセントも応えるように頷いた。
「ああ、構わない」
「やったあ!」
「よかった!」
飛びあがって喜ぶ子供たちは、大人不在の不安からやっと解放されたようだった。
二人の頼みごとに対してヴィンセントが適任であるとは、正直ヴィンセント本人にもそうは思えない。彼らは恐らく藁をも掴む気持ちだろう。
他よりも何かと突然のトラブルがありがちな家庭ではあろうが、その誰にも罪はない。ヴィンセントが居合わせたのは偶然だが、その解決にほんの少しでも助力できるのならば、向いていようがいまいが否やなどあるはずがなかった。
「それで、どうすればいい。言っておくが私は、料理ならともかく菓子作りの経験はないぞ」
マントや装備を外し髪を一つにくくったヴィンセントは、真剣に手を洗いながらそう問うた。
「大丈夫、本があるよ!」
「ティファがね、”お菓子作りは適当じゃダメ、レシピの通りにしないと”ってよく言うのよ」
マリンがティファの口調を真似ながら、ヴィンセントにエプロンを手渡した。自らも装備して、準備は万端だ。
「ティファとはよく作るのか?」
「うん!」
「では、頼らせてもらおう」
ヴィンセントが微笑むと、マリンもにっこりと笑う。
デンゼルが開いて持ってきたレシピ本にヴィンセントが目を通している間に、二人は冷凍庫からクッキーの生地と思しきラップに包まれた棒状のものを取り出した。いわゆるアイスボックスクッキーだ。
オーブンを予熱しておく。生地は硬いまま切り、冷たいうちに焼く。あまりぎっしり並べない……。レシピから読み取った要点を頭に入れ、ヴィンセントはまるで任務へと挑むような顔でキッチンに立った。
それにしても生地が多い。一度ではとても焼ききれまい。一体どれほどの枚数が必要なのだろうか。
マリンに操作方法を教わりながらヴィンセントはオーブンの予熱を開始した。ひとまず生地の一本を、レシピの通りに5ミリほどの幅に切り分けていく。
「この感じでいいか?」
「うん。ヴィンセント、上手ね」
「そうか」
それをマリンとデンゼルが、専用の紙を敷いた天板の上に手際よく並べていく。
「オーブン、たぶんそろそろいいみたい」
「わかった」
せっかく予熱をしているのだから、扉の開閉は最小限にしなければならない。子供たちにはまだ重い天板をヴィンセントは軽々とミトンで掴むと、すばやくオーブンの中へと嵌め込んだ。
「ヴィンセントは次の生地を切ってくれる? デンゼルはオーブンの中見てて。焦げかかってる場所とか出てきたら、板を一回出して向きを変えなきゃいけないから教えてね」
一回分が焼きあがるのにさほど時間はかからない。小さな現場監督の指示に従い、キッチンは大忙しだ。
「ただいま! って、ええ?!」
「「おかえりー!」」
予想外に手こずったモンスター退治から慌てて帰宅してきたティファとクラウドが見たものは、セブンスヘブンのテーブルでせっせとクッキーを袋に詰めラッピングしている、子供たちとヴィンセントの姿だった。
「そうだヴィンセント! ごめんなさい、すっかり忘れちゃってた!」
「気にするな。おかげで珍しい体験ができた」
「もしかしてヴィンセントが焼いてくれたの……?」
「マリンの指図する通りに動いただけだがな。なあデンゼル?」
「おれもがんばったんだよ!」
「ああ、勿論だ」
ヴィンセントは作業の手を止めることなく、だが穏やかに微笑んで子供たちの労をねぎらう。
「どうしようかと思ってたのよ。ありがとう。本当に助かったわ、ヴィンセント」
「礼には及ばない。お前たちこそ、大変だったようだな」
「でかいベヒーモス亜種が群れになりかけててさ。一体どこから湧いたのか、WROはまだ残って調査してるよ。俺たちは先に帰らせてもらった」
「ハロウィンっていっても、あんなお客は到底歓迎できないわね」
肩をすくめたティファが、クッキーの一枚をひょいと取って口に運ぶ。
「あらおいしい」
「作ったのはほとんど君だ。それよりも、この後がまだあるのだろう」
「そうだったわ。晩御飯と、仮装の支度もしなきゃ。クラウド、悪いけど先にシャワー使うわね!」
ぱたぱたと奥へ引っ込むティファを見送り、クラウドはどさりと椅子に座りこんだ。
「クラウド、お疲れさま!」
「すまなかったな、マリン、デンゼル。ここもデリバリーもしっかり休みにしてたのに、まさか急にこんなことになるなんて」
「だが、おかげで皆安心して外を歩ける」
「あんたにそう言ってもらえると、なんかうれしいな。そう言えば今日はどうしたんだ、ティファと何か約束してたのか?」
「約束というほどではない。通りすがりにコスモキャニオンから荷物を預かってきただけだ」
「へえ」
ヴィンセントはカウンター上の包みを顎で指しながら、クッキーの最後の袋にリボンをかけた。
テーブルの上は山積みの小さな袋でいっぱいになっている。
「あるだけ焼いたのだが、本当にこの量が必要なのか」
「どうだろうな……? ま、余る分には大丈夫さ。配る相手はいくらでもいる。ティファのクッキーは人気なんだぞ」
「しかもヴィンセントが焼いたんだから、すっごく珍しいクッキーだよ!」
「なるほど確かにレア物だ」
大真面目に交わされるデンゼルとクラウドとの会話にヴィンセントは苦笑し、席を立った。エプロンを外し、髪をほどく。その手が置いてあったマントを取り上げるのを見、クラウドが言った。
「まさか帰る気か? ティファはアンタの分も夕食作る気だぞ」
「ティファの料理は惜しいが、夜までここに居ると私も仮装扱いされかねないのでな」
グッと笑い声をのどに詰まらせたクラウドをよそに、ヴィンセントはてきぱきと装備を整えていく。
「帰っちゃうの?」
「私は菓子を用意してこなかったからな。いたずらを選ばれる前に逃げておきたい」
引き留めようとするマリンとデンゼルの頭をヴィンセントは順に撫でた。
「あっじゃあこれ」
テーブルの上のクッキー袋をマリンがひっつかみ、ヴィンセントに押し付ける。
「私は大人だぞ」
「もらっときなよ。もしかしたらユフィがお菓子よこせー! って来るかも」
デンゼルの言葉にヴィンセントは目を瞬いた。思わずクラウドと顔を見合わせる。
「なくもないな」
「ありそうだよな」
うまいこと言ったデンゼルは得意げだ。ヴィンセントは屈むと、マリンからクッキーの袋を受け取った。
「では、ありがたく」
「ヴィンセント、今日はありがとう!」
「ありがとう!」
「ああ」
赤いマントが翻り、カランとドアベルを鳴らした。差し込んだオレンジの夕映えの眩しさに、室内に慣れていた子供たちは目を細める。
瞬きの後、ヴィンセントの姿はもうどこにもなかった。
