【FF7】君に勧む - 1/2

 

「おぇ全然酔わねえのな」

 

ヴィンセントが顔を上げると、隣のカウンター席には勝手に座を占めたシド・ハイウインドの姿があった。空色の目がまっすぐにヴィンセントを見つめている。
問うてきた彼の方こそ、酔っているようにはまったく見えなかった。つい先程まではこの上海亭で喧騒の中心となっていたにもかかわらず、だ。

「……人間ではないからな」

自分のグラスへと視線を逸らしながらヴィンセントが返した投げやりな答えは、やはりお気に召さなかったようだ。
放っておいて欲しいヴィンセントの思惑とはまるで真逆に、シドはぐいと顔を寄せてこちらに迫ってきた。意外にも気を悪くした様子はない。その顔はむしろ、何か面白いものを見つけたと言わんばかりだ。

「ホントにそうかあ? ガリアンビーストが酒に酔わねえって、誰か飲ませて試したのかよ」

予想外の切り返しに無表情の下で困惑するヴィンセントをよそに、シドは滔々と続ける。

「どこぞの昔話にゃ、首が八つある大蛇に酒を飲ませて退治したってのもあったろうがよ。まあミドガルズオルムくらいのもんだと仮定しても、あのサイズが酔っ払うってんならガリアンビーストなんて楽勝にぶっ倒れそうなもんじゃねぇか」
「それはもう神話だろう。比較されてもな……」

シドの口から出てきた意外な例えにヴィンセントがつい反論をすると、何がおかしいのかシドは声を上げて笑いながらひらひらと手を振った。

「まーでも、お前いい酔い方しなさそうだしな。酔わねぇならラッキーってもんか。酒自体は嫌いじゃねぇんだよな?」
「…………」
「何飲んでんだ? またキッツそうなやつだな。そういうのが好きなのか」
「……どう、だろう」

酒の好き嫌いをあまり考えたことはなかった、とヴィンセントは唐突に気がついた。どこででも、今までは適当に度数の高そうなものを頼んでいただけだ。

上海亭ここはけっこう種類置いてんだぜ。好みがわかんねぇなら他も試せよ。俺が好きなのは――」
「……あんた、今までも飲んでいたんだろう。明日に響くぞ」
「あぁ? お前は酔わねぇんだろ、俺様はごまかされねぇぞ」

シドの勢いは止まず、ヴィンセントは己の油断を悔やんだ。最初に返事をしてしまったのがまずかったのだ。いつの間にかすっかりペースに乗せられている。
なおもしゃべり続けるシドは、面倒事を避けたがるかのようにグラスばかりを見つめているヴィンセントの横顔に、やがて呆れたと言わんばかりのため息をついた。

「――おぇさんよ、飲んでる時ここにシワ寄ってんだぞ」

シドはそういって自分の眉間をとんとんと叩いた。

「なんだか知らねぇが、ろくでもねぇことばっかり考えやがって。酒をちったぁ楽しめよ。酒ってのは本来そういうモンだろうがよ」

 

ヴィンセントはのろのろと顔を上げ、胡乱げにシドを見た。
酔ってもいないのに、シドが何を言っているのかよくわからない。ヴィンセントの人生において、酒はそもそも楽しむためのものなどではなかった。
ヴィンセントにとって、酒とは手段だ。
相手を油断させるための。
懐柔するための。
殺すための。
そして今は、己の長い夜を埋めるための手段だ。
何をどう楽しめというのか。そもそも楽しいとは、どういった感情だったろう。

 

「……よく、わからん」
「ふぅん?」

シドという男の不思議なところがこれだった。普段は喧嘩腰に人を怒鳴りつけることも多い彼は、しかしヴィンセントが本心から漏らした言葉に対しては、それがどんなに要領をえないものだったとしても軽蔑や否定を返したことがない。逆にヴィンセントが時と場に合わせた適当な言葉を返した時は、即座に機嫌を悪くする。
見透かされている――とは認めたくない。が、相手がこの男ならば仕方ないかという奇妙な諦観がヴィンセントの内に生まれつつあるのもまた事実だった。

「まあちぃと付き合えや。奢ってやっから」

ヴィンセントの複雑な心中を知ってか知らずか、シドはことさらに機嫌を取るような調子で言う。

「お前ヒマつぶしにしか飲んでねえよな。酒自体は嫌いじゃなくても、興味もねえのか」
「……そうかもな」
「美味いとか不味いとかは?」
「……あまり」
「あまり?」
「……考えたことがない」

ヴィンセントがそう答えると、シドはわずかに安堵したように見えた。あまり味覚を感じない、と返される危惧があったのだろう。そこを気まずく思う感性があるのに、なぜこうも踏み込んでくるのかとヴィンセントは思う。
要するに、距離を測られている。嫌がる箇所に触れられたが最後、ヴィンセントが無言で心を閉ざして踵を返すだろうことを知っていて、最大限に気を遣いながらギリギリの距離を測られている。
――気難しい猫にでも触れるように。そんな例えが浮かんで、ヴィンセントは知らず嘆息した。

「……それで、何を飲ませてくれるんだ」
「お、興味出てきた?」
「別に。あんたの奢りならどれだけ飲んだところで私の損にはならないからな」

酒に酔わないヴィンセントの言葉は実質シドの財布を空にしてやるという宣言だ。それがわからないはずもないのに、シドは目を輝かせて店主を呼びつけ、二人してああだこうだと酒を選び始めている。
ヴィンセントは手の中のグラスに目をやった。シドに詰め寄られている間にほぼ氷が溶けてしまったそれを一息に干す。強いアルコールの風味が喉を灼いた。酒とはそれだけのものだと思っていたし、正直いろいろ試したところで、自分に味も楽しさもわかるとは思えない。

「おっしヴィンセント、とりあえずコレいってみろ!」

だが目の前のシドがやたらと楽しそうなことはわかる。
絡まれるのは鬱陶しいが、この光景は案外悪くないかもしれない。不思議と、そう思えた。

 

 

「こういったワインはお好みのようですね」
「……そうかもしれない。あまり、飲んだことがなかったのだが」
「新たな出会いを提供できたことは、酒場のマスターとして嬉しいものですよ」

店主と静かな会話を交わしながら最後の一杯を飲み干し、ヴィンセントは隣を見やった。
よせばいいのにヴィンセントに付き合って飲んでいたシドは、いまやカウンターに突っ伏していびきを掻いている。
自分の寝床はこの上の宿だが、シドは自宅に戻ると言っていたのではないだろうか。担いでいくこと自体は不可能ではないが、とヴィンセントが無表情のまま悩んでいると、さすがに察したのか店主が「そのままで大丈夫ですよ」と言って笑った。

「店を閉めてから起こして家まで送っていきます、よくあることなんで。お代も艇長にツケておきますからご心配なく」
「……申し訳ない、世話をかける」
「いやいやこちらこそ。この人が久しぶりに楽しそうなのを見れて良かったですよ。――艇長をよろしくお願いしますね」

シドが聞いていたら「俺の方がよろしくしてやってんだよ!」などと言い張りそうだと思いつつ、ヴィンセントは店主の言葉に甘えてそのままカウンターを後にした。酔いなど微塵も見られない静かな足取りで、宿へと階段を上がっていく。

朝までさほど時間はないが――なんだか眠れそうな気はした。

 

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