「お前ぇ全然酔わねえのな」
聞き覚えのあるセリフだ。ヴィンセントは対面に座る男をまじまじと見た。
シド・ハイウインドはあの時と同じようなウィスキーグラスを片手に、しかし上機嫌に笑っている。気心知れたセブンスヘブンの片隅で、ヴィンセントはワイングラスの中身を飲み干し、考えた。
さて、自分は過去、何と答えたのだったか。
「……同僚との飲み比べで負けたことはなかったな」
ヴィンセントが意図的に口の端を上げて以前と違う答えを返せば、シドの目は驚きに丸く見開かれた。
「なんだ元々強いのかよオイ!」
「見ればわかりそうなものだが」
肩をすくめるヴィンセントは生粋のアイシクル系だ。極寒に耐えるためウォッカを愛飲するような土地柄では、酒に弱い人間の方が珍しい。さらに言えば、酒に弱いタークスなど仕事にならない。
「クソ、俺だって別に弱かねえっつーのに」
「そうだろうな。実際あんたは大したものだ。潰しても記憶を失ったりしないし、抜けるのも早い」
飲んで記憶を失うのはバレットだ。クラウドはビールならいくら飲んでも平気だが、それ以上の度数になると途端に悪酔いする厄介な体質だった。ティファが酔っているところは見たことがない。酒場のマスターらしく自制が効いているのだろうが、恐らく体質的にもクラウドよりは強いだろうとヴィンセントは踏んでいる。
「余裕かましやがって。あ~あ、今日こそお前を潰し返してやろうと思ってたのによ」
「それは当てが外れたな」
わざとらしく背もたれに倒れ込むシドをよそに、ヴィンセントは空になった自分のグラスへワインを注ぎ足した。セブンスヘブンはメニューとしてワインを出してはいないが、ヴィンセントが好むことを知ったティファとクラウドが数本を常備してくれている。わざわざ気を使わなくてもいいと言ったのだが、クラウド曰く出先で見つけるのが宝探しのようでなかなか楽しいとのことで、結局そのまま習慣のようになっている。
今日提供されたのはアイシクルで酒好きの老人から譲り受けたという一本だった。ラベルを見たシドが何やら悲鳴をのみ込んだような顔をしていたが、笑顔のティファになぜか黙殺されていた。ヴィンセントはただありがたく厚意を受け取るのみだ。というか知識的にも立場的にも、とてもじゃないが口など挟めない。
酒の味の機微をヴィンセントはいまだに言葉で表現することができないが、このワインは素直に美味いと思えた。もっともセブンスヘブンで出されるものが不味かったためしはないので、酒だけではなく合わせたティファの料理による効果もあるのかもしれない。まったくもって、ティファとは偉大な女性だ。
「お前、酔わねぇのは相変わらずだが、まあボケっとするようにはなったな」
「そうか」
「ちったあ気の抜き方ってモンを覚えたかよ? ん?」
「……そうかもな」
にやりと笑うシドに、ヴィンセントもまた表情を緩めた。
思えばこうした時間が、あの時のシドが教えたがっていた酒の楽しみ方というものなのだろう。
こうしてそれを得てみれば確かに、以前の自分はつまらない飲み方をしていたものだと思う。酒の味そのものは変わらないのに、ヴィンセントの受け取り方ひとつでいまやこれほどに印象は変わっていた。
「シド、あんまりヴィンセントに絡んじゃダメよ?」
「絡むだァ? 人聞きの悪ぃこと言うなよ。俺様がコイツに付き合ってやってんだ!」
「その言い方がもうすでに絡んでるぞ。なぁヴィンセント」
「そうだな」
テーブルに新たな料理の皿を置きながらティファが諭し、シドがわめく。ジョッキと取り皿を持ったクラウドが苦笑しながら隣へ乗り込んできたので、ヴィンセントは奥へと席をずらして彼を迎え入れた。
「お前もなんとか言えよ、ヴィンセント!」
「なんとかとは?」
「シドに無理矢理酒を勧められたり説教されたり自慢話聞かされたりしてるんじゃないか? あんた身内には嫌って言わないからな」
「してねぇよ! クラウド、てめぇなあ!」
「何があろうと結局潰れるのはシドだけだ。心配はいらない」
「そこは否定しろよ! クソ、言うようになりやがって!」
シドの情けない叫びに、どっと皆が笑う。自分もまた笑みを浮かべていることに気付き、ヴィンセントは驚いた。
こんなに簡単なことだったのだ。楽しむ、とは。
ひとしきり騒いだシドがやれやれと首を振って、ヴィンセントを見た。空色の目がやんわりと細められる。
「楽しいよなァ? ヴィンセント」
「……おかげさまで」
シドがおどけて掲げたウィスキーグラスに、ヴィンセントもまたワイングラスを掲げて返事とした。
