【FF7】チーズケーキより甘い

 

ユフィはその日、少し珍しい仕事を受けていた。

 

「撮影?」
「そーだよー。ええとほらコレ、若い女性向けのファッション誌ってヤツ」

誌名を言ってもどうせわからないであろうヴィンセントのために、ユフィはリビングのマガジンラックから今月号を取り出してやり、端的に内容を説明した。

「ま、このユフィちゃんのビボーとスタイルを、ギョーカイも放ってはおけないってワケ」
「ほう」

ソファのヴィンセントは相変わらずの真面目な顔で、差し出された雑誌をぱらぱらとめくり始める。
ツッコミとは言わずとも反応待ちだったセリフを見事にスルーされてしまったユフィは、しかし珍しいことでもないので、気を取り直してヴィンセントの隣に座った。

「たまにあるんだよ、こういう巻頭特集みたいな部分のモデルの依頼。ほらアタシらってビボーもさることながら、知名度抜群だから」

複数形の主語に、ヴィンセントはわずかながら片眉を上げる。

「ティファもこの手の仕事があるのか」
「うん。あ、今日は一緒じゃないよ。なんかティファはもっと大人っぽいっていうか、エレガントな感じの服の時が多くて」
「ターゲット層が違うのだな」
「そうなんだろね。アタシはこういう、カジュアルな普段着みたいのがほとんどで、この雑誌がたぶん一番呼ばれてるかな〜」
「確かに、ここに載っているものはお前に合っていると思う」
「でしょ? へへ、撮影で気に入った服を買い取らせてもらったこともあるんだよ。こういうのってつまり新作だからさあ、ちょっと役得だよね!」

流行りもの好きのユフィにとっては嬉しい方に入る仕事だ。もちろん見た目ほど華やかなだけの仕事でないことは分かっているし、正直モンスター退治よりも疲れると思ったこともあるのだが。

「とゆーワケで、今日はエッジ8番街でお仕事です! たぶん夕方くらいに終わるんじゃないかなあ」
「8番街か」
「ヴィンセントは今日休みでしょ? なんか予定あんの?」
「特にはなかったが」
「なかったが?」
「送っていこう。書店にも寄りたいしな」

8番街には書店の集まる通りがある。ユフィは今まで考えたこともなかったが、雑誌の編集部やスタジオがあるのも、関連業種の集まりということなのかもしれない。

「ほんと? やったデートだ!」
「支度をしてくる」

ソファーの上で跳ねて喜ぶユフィの頭をぽん、と撫でて、ヴィンセントはソファから立ち上がった。

 

 

 

スタジオが入る建物までの道のりを、ユフィはデートとして存分に楽しんだ。さほど遠くもないのが惜しかったくらいだ。
ヴィンセントはこれから適当に書店を巡るとのことだが、撮影が終わったら待ち合わせて夕食を食べて帰ろうかと提案してくれて、もちろんユフィは二つ返事でOKした。仕事終わりの楽しみができたので、いっそうやる気が出るというものだ。

「おはようございまーす!」
「おはようございます、ユフィさん。本日はよろしくお願いします」

顔見知りのスタッフたちと挨拶を交わして、ユフィは慣れた様子で打ち合わせへと入った。
今回の撮影コンセプトは、とある女性の一週間という設定でそれに合わせたコーディネートを並べるものだ。月〜金は着回しも加味したオフィスカジュアル、土曜は可愛らしいルームウェア、そして日曜はなんと男性モデルとのデートシーンだという。
デートと言われて頭に浮かぶのは、つい先ほどまで隣を歩いていたヴィンセントのことだ。
ユフィが他の男性と恋人を演じたとしても、それが仕事ならば彼は別に何も言わないだろう。でも逆だったら……ユフィはきっと嫉妬してしまうはずだ。
嫉妬してくれるヴィンセントの顔は、正直見てみたいと思った。ちょっと想像がつかないからだ。だが、ユフィに裏切られたかとほんの少しでも感じて傷つくかもしれないヴィンセントは、見たくない。己の想像のわがままさにユフィはついぶんぶんと頭を振ってしまい、スタッフに驚かれたのを笑ってごまかした。
記事の順番とは前後するが、撮影自体は日曜の分を最初に撮るらしい。背景となるカフェの一角を、今日の午前中だけ借りているのだという。
ユフィはさっそく『待ちに待ったデートはおしゃれなカフェで』という予定されたキャッチコピーにふさわしいミニ丈のワンピースに着替え、ヘアメイクもしてもらって、スタッフと共に車に乗り込んだ。

「すぐ近くのカフェなんですけどね」

ユフィに限らずモデルのセキュリティ上、移動は全て車だ。撮影用の慣れない靴を履いたユフィにももちろん否やはない。

 

 

 

カフェは本当にすぐ近くだった。白を基調とした内装はなるほど写真映えがしそうだ。チーズケーキが特においしいのだとスタッフの女性が教えてくれた。
すぐ撮影に入るのかと思っていたら、テーブルや機材のセッティングは問題なく見えるのに、ユフィはしばらく車内で待機しているよう言われた。何か予期せぬトラブルがあったのかもしれない。
ユフィが車内で暇を持て余していると、窓の外の人通りの向こうを、見慣れた人影が歩いているのが見えた。ヴィンセントだ。彼は背が高いので見つけやすい。
ユフィはすぐさま自分の携帯を取り出し、ヴィンセントに通話を掛けた。
ヴィンセントが立ち止まり、通話に出るためだろう、道の端へと避けるのが見える。繋がった通話でユフィはヴィンセントを車の側まで誘導し、窓を開けた。

「待ち時間か?」
「そこのカフェで撮るんだって! でもなんだろ、なんかトラブルあったのかも。ねね、どうコレ」
「似合っていると思う」
「えへへ、ありがと。デートのシーンなんだって」

デートと聞いたヴィンセントが一瞬驚いたように目を瞬いたので、ユフィは嬉しくなる。

「オ・シ・ゴ・ト、だよ?」
「ああ、わかっている」

いい気になって、ウインクまでつけてそう注意したユフィに、ヴィンセントは苦笑いを返した。

 

そのまましばらく暇つぶしの会話に付き合ってもらっていると、慌てた様子のスタッフが車へと近寄ってきた。

「ユフィさん、お待たせしてすみません、……っと?」
「ダイジョーブだよ。なんかトラブル?」
「ええ……。あっ、もしかしてヴィンセント・ヴァレンタインさん?!」
「そそ。通りがかったから暇つぶしに付き合ってもらっちゃった」

英雄と呼ばれる者たちの中でも特にメディア露出が少ないうえ特徴的な赤マントの印象が強いヴィンセントに、スタッフはしばらく気付けなかったようだ。無理もない。だが近くで顔を見る機会があれば、整った美貌と鮮やかな赤の瞳は見間違えようもないのだろう。ヴィンセントはメディア露出こそ少ないが、DG騒動の際に本人がそこら中で飛びまわっていたせいか、意外と顔は知られている。
お会いできて光栄です! などと一人で盛り上がるスタッフをユフィが宥め、仕事が再開するならと立ち去ろうとするヴィンセントをスタッフが引き留める。結局(ユフィは座っているものの)三人で立ち話と相成った。

「実は相手役のモデルがここへ来る途中事故にあったそうで」
「事故! 大丈夫なの?」
「外傷はないそうなんですが、病院で検査待ちなんです。それで今代わりの相手を手配しているんですが、急なのでなかなか……。申し訳ないんですがユフィさんにはもう少しお待ちいただくことになりそうです。もしかしたらカフェでの撮影は後日改めてということになるかもしれません」
「うわー、大変だねぇ。アタシのことは全然気にしなくていいよ、ヒマなだけだし。ヴィンセントもいるしね」

ユフィはそう言ってヴィンセントを見た。ヴィンセントの都合はまったく聞いていないが、今日はどうせ暇なはずだ。ばちりと目が合い、仕方ないなとでも言うようにヴィンセントが表情を緩める。

 

その瞬間、ユフィはひらめいた。

 

「ねぇ、その代わりの相手ってこのヴィンセントならどう?」
「「は?」」

ヴィンセントとスタッフの声がシンクロする。だが続く言葉はまったく違った。

「何を馬鹿な。トラブルの上に無茶を重ねようとするんじゃない」
「それは、お願いできるならこちらとしては願ってもないことですが」

ヴィンセントとスタッフは方向が真反対の返答を同時に喋り出したかと思えば、驚いたように互いに顔を見合わせた。
ユフィはわざとヴィンセントには目も向けずに、スタッフに向かって聞いた。

「ヴィンセントでも特に問題ってのはない?」
「ありません」
「じゃあそう伝えてきて。こっちはアタシが説得しとくから」
「ありがとうございます!」

真剣に頷いたスタッフは大声でユフィに礼をして、ばたばたと他のスタッフの元へ走って行った。その後ろ姿を見送るヴィンセントは珍しく気配が唖然としていて、ユフィは楽しくなってしまう。

「……ユフィ」
「ダイジョブだって。それを言うならアタシだってシロートじゃん。それにヴィンセント、チョイ役だから」

ユフィは車窓越しに、ヴィンセントへ向かってこの撮影のコンセプトを滔々と説明した。一週間を並べる構成のうちの一日分だけであること。主役はあくまでユフィ(と着ている服)であること。

「もしかしたらアンタ顔も映んないかもしんないよ。その程度なら平気でしょ?」

もちろん、ユフィはわざと軽く言っている。元々本職のモデルが手配されていた仕事だ。紙面のメインがユフィなのは事実だが、デートシーンの部分はページぶち抜きの大きな画にする予定とも聞いている。
だがヴィンセントにやってやれない仕事でもあるまい、ともユフィは思っている。この元タークスは、旧神羅にいったい何をやらされていたのかと不審に思うほど、妙な特技を山ほど持っているのだ。おまけにモデル顔負けの顔とスタイルを持ち腐れにしている男でもある。

「だが……」
「それにあのカフェ、撮影用に午前中貸し切りにしてるんだよ。なのに今日使えなくて後日またってなるの、かわいそうじゃん」

ユフィが見せたお金を意味するジェスチャーに、ヴィンセントが唸る。
なんだかんだ言おうと、他人の苦慮を放ってはおけない男だ。

「オッケー?」
「……わかった」

ヴィンセントが苦々しく頷いたのと同時に、話が通ったのであろうスタッフが数人こちらへやって来るのが見えた。
笑顔の彼らに、ユフィもまた笑顔でサムズアップしてみせた。

 

 

 

時間をかなり押して開始されたカフェでの撮影は、しかし素晴らしく順調に進んだ。
ヴィンセントは普段の無表情が素だが、その気になれば自在に表情を取り繕うこともできる。何のとは言わないが、元はプロなのだ。
ユフィが懇々と説いて聞かせた”ラブラブのカップル”という設定をどこまで理解したかは怪しかったものの、意図して柔らかに表情を緩め、熱を込めた瞳で時を惜しむかのようにじっとユフィの一挙手一投足を見つめるさまは、撮影スタッフたちの、特に女性たちのため息を誘っていた。何せ本当に顔が良い。
反面、ユフィは時に湧きあがる笑いの発作を抑えるのに必死だった。だってものすごく自然なのに、ユフィから見ると明らかに演技なのだ。ただし、それはユフィにしかわからないだろう機微だ。ユフィは自分が、ヴィンセントに特別表情豊かに接してもらえていることをよく知っている。
そんなこんなでいくつかの違うシチュエーションを撮り、カフェでの撮影は無事時間内に終了した。

ヴィンセントとはそこでいったん別れた。昼休憩の後、ユフィにはスタジオでの撮影が待っている。
いくつ目かの衣装に着替え、それに合わせたヘアメイクを整えてもらいながら、ユフィはスタッフの女性たちと雑談に興じていた。

「ヴァレンタインさんって、初めてお会いしましたけど素敵な方なんですね」
「あはは、普段はゼンゼン愛想ないよ? もーびっくりするほど顔動かないもん」
「そうなんですか? とてもそんな風には見えませんでした。失礼ですがヴァレンタインさんは、こういった方面のお仕事ではほとんどお見掛けしませんよね?」
「うん。アイツ撮られるの好きじゃないみたいで。WROの広報も何とかして引っ張り出したいみたいなんだけど、全然仕事受けてもらえないって嘆いてた」
「ええっ、あんなに場慣れしてらしたのに?」
「ソッチから見てもそう見えるんだ?」
「そうですね。最初に“こういう感じで”とご説明したら、それ以降ほとんど直していただくところもありませんでしたから。立ち姿や歩き方も綺麗で、それにカメラの画角を把握してらっしゃいますよね」
「いつもはもーちょい猫背なんだけどね」

一般人の視点でヴィンセントのことを好意的に言ってもらえるのが嬉しくて、ユフィはうきうきと答える。
だからちょっと油断していたのだ。

 

「ユフィさんとはとっても仲がよろしいんですね」

 

突然の爆弾投下に驚き、ユフィはピャッと背筋を伸ばす。

「ええっ?! う、うん、そりゃあね」

危ない。というか、たぶんこれはモロバレだ。いや別にヴィンセントとの関係を隠しているわけではないのだが。だが、結婚を前提にお付き合いしています~なんて、こんなところで吹聴して回るようなものでもない。
ヴィンセントのように冷静に表情を取り繕うこともできず、結局えへへ、と笑って話題を変えようとし始めたユフィを、スタッフたちは皆、ほほえましい目で見守っている。

「ユフィさん。ヴァレンタインさんに今回ご協力いただいた件の謝礼についてなんですが」
「んん? うん」

てっきりヴィンセントも自分と同じようにWRO経由での仕事扱いになるだろうと思っていたユフィは、なぜその話が自分に振られるのかと首を傾げた。

「ヴァレンタインさんは、WROを通した案件にされると今後こういった仕事を増やされそうなので困ると仰られまして」
「ええー? まあいかにもアイツが言いそうなかんじだけど。なんかごめんね? 面倒なんじゃない?」
「いえいえ。それで、現物支給にして欲しいと伺ってます」
「現物支給?」

おうむ返しになったユフィに、そのスタッフは笑顔で頷く。

「ユフィさんが気に入った服があれば、それをヴァレンタインさんが買い取ったことにして報酬に当ててほしいと」
「えーーー!!」

ユフィは思わず叫ぶ。

「そ、そんなのアタシが得するだけじゃん!」
「でも当初は無報酬でいいとの一点張りだったんですよ。弊社としては、ジェノバ戦役の英雄に顔出ししていただいておいて無報酬なんてわけにはいきませんから、これは交渉の結果なんです」
「バカなのアイツ?!」

ユフィのうろたえぶりに、周囲のスタッフが堪えきれないといった様子でくすくすと笑う。

「たぶんユフィさんはそう言うだろうと、仰っておいででした」
「もおー!」

ユフィは顔が真っ赤になるのを自覚する。下手に触ってメイクが崩れてもいけないので、顔を隠すこともできない。

「仲がよろしいんですね」
「……な、ナイショにしといて……」

羞恥で今にも崩れ落ちそうになったユフィに、スタッフたちは皆、笑顔で頷いた。

 

 

 

スタジオでの撮影はその後、つつがなく終了した。
ユフィは結局、もこもこでとびきり肌触りのいいルームウェアの上下をたいそう気に入り、買い取らせてもらうことにした。持って帰ってもいいと言われたので、大きな紙袋に入れてもらって肩に下げている。
スタジオを出ると、街灯の下にヴィンセントが立っていた。書店名の入った小さな紙袋を片手に持っている。

「ヴィンセント!」

ヴィンセントの元へ走り寄るなり、ユフィはスタッフたちに冷やかされてどれだけ自分が恥ずかしかったかという文句をやかましく並べ立てた。ヴィンセントは特に表情を変えることもなく、冷静にユフィの肩から大きな紙袋を引き受け、自分の肩へ移している。

「気に入った物があったのだな」
「あったけどさあ! もぉ~、絶対バレたって」
「別に構わんだろう」

それは確かにその通りなので、ユフィの抗議はもにょもにょとボリュームを失って消える。
そう、誰に恥じることもない関係なのだ。ただユフィが勝手にものすごく照れているだけで。
ヴィンセントから差し出された手を、ユフィは釈然としない気持ちのまま握り返す。そうして夕暮れの道を歩き出すと、しばらくしてから不意にその手を引き寄せられた。
なんだろう、と見上げたきれいな顔は、まるで照れでもしたように少し眉を下げて、微笑んでいる。

「私とて、お前の所有権を主張したい時はある」

しょゆうけん……とユフィは呟き、意味を理解した瞬間に頬が熱くなるのを感じた。

つまり嫉妬だ。ヴィンセントが、ユフィは自分のものだと。
顔も知らない相手役に嫉妬したと言っているのだ。このいつもクールなヴィンセントが!

自分の顔がぶわっと笑うのがわかった。ユフィは一瞬で機嫌を直し、繋いだ手にぴょんと抱きつく。突然片腕に体重を掛けたってヴィンセントはびくともしない。ユフィの頼れる、無二の恋人だ。

「もー、仕方ないなあ!」
「機嫌は直ったか」
「なおった! ちょーゴキゲン!」

おなかすいた! などと叫ぶユフィの足どりはまるでステップだ。その満面の笑みを心に刻み込みながら、ヴィンセントは彼女の小さな、しかし力強い手をそっと握りなおした。

 

 

 

後日発売された雑誌は、本人の意向で表紙にヴィンセント・ヴァレンタインの名前こそ載せられなかったものの、巻頭特集で英雄ユフィ・キサラギの相手役を務めていた黒髪赤眼の人物の存在もネットと口コミではかなりの話題となり、雑誌としては異例の重版を記録した。
自宅で献本を開いたユフィは、当初聞いていた構成よりもかなり多めのページ数を割かれたデートシーンの記事に、顔を真っ赤にしてソファに崩れ落ちたという。

ケーキの一片をフォークで差し出しながら輝く笑顔を浮かべるユフィと、頬に掛かる黒髪を掻きあげて穏やかに目を細めたヴィンセントが向かい合う写真には、『チーズケーキより甘い時間』とコピーが添えられていた。

 

POSTSCRIPT:チーズケーキより甘い

 

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