「ヴィンセントってさ、なんでタークスに入ったの?」
ユフィの問いに、ヴィンセントは首を傾げた。
シドの誕生日という名目で貸し切りにされているセブンスヘブンは毎度のごとく賑やかだ。その喧騒がわずかにざわめいて、ヴィンセントから発せられるだろう返答に皆の耳目が集まったのがわかる。
タークス。神羅カンパニーにおいて暗部を司る特殊部隊。少数精鋭を是とするだけあってその構成人員の実力は確かなものだ。
ヴィンセントがかつてその一員であったということは、仲間たち皆が知っている。だがタークスであった彼とタークスでなくなった彼との間に起きたあまりにも凄惨な事件についてもまた皆が知るところであり、結果としてヴィンセントからそれ以前の過去のことを聞きだそうとする勇者などいなかった。
そう、今までは。
問われたヴィンセントは仲間たちの注目にも特に表情を変えず、口を開く。
「……普通に」
「いや普通ってナニ?!」
ユフィの叫びが仲間たち皆のツッコミを代弁した。だがそもそも、ここにいる仲間たちの就職状況が大概普通ではない。むしろタークスが今も昔も分類上サラリーマンであることを思えば、世間的にはヴィンセントのそれが唯一本当に”普通”である可能性もある。
何を答えたものかと困惑気味のヴィンセントに向かって、ユフィは言葉を探す。
「あー、前に聞いたんだけど、イリーナは養成所から抜擢されたんだってさ。ヴィンセントの時もそんな感じだった?」
それを聞いてまずヴィンセントが抱いた感想は、養成所ができていたのか、というものだった。そもそもヴィンセントが所属していた頃のタークスは神羅カンパニーでなく、その前身である神羅製作所の総務部調査課だったのだ。改めて考えてみれば、経った年月はかなりのものだ。
ヴィンセントがわずかに目を伏せるのを、ユフィは興味深く見つめている。この顔は拒否でなく、ただ彼が記憶を探っているだけだと知っていたからだ。
ややあってヴィンセントは顔を上げ、静かに答えた。
「……アルバイトから正社員になった。普通だろう」
「アル……」
「バイト?」
信じられないという声音で誰かが呟く。ユフィは目を見開き、驚きのあまりに再び叫んだ。
「えー! 昔のタークスってアルバイト募集してたの?!」
タークス。神羅の闇。誘拐暗殺お手の物の特殊部隊。それがのんきにアルバイト募集の広告を出しているさまを想像してしまったユフィは笑いが抑えきれない。”タークスは死ぬまでタークス”などとのたまう奴らのシリアスさが台無しだ。機密保持はどうした。
ヴィンセントは笑い転げるユフィの姿に驚いたかのように目を瞬きつつも、至って真面目に答える。
「知る限りでは、募集はしていなかった」
「はえ? じゃあなんで」
今や店中の目がヴィンセントに釘付けだ。ヴィンセントは居心地悪さを感じながらも口を開く。
「……学生だった頃に、当時のタークスが犯罪者を追っているところへ巻き込まれた。そいつが落とした銃を拾って足を撃ったら、数日後に声を掛けられた」
「スカウトされたの?」
「そうなるか。学生だと断ったが、ライフルが使えるならアルバイトでいいから来いと言われてな。報酬が破格だったからその話を受けた」
さすがはクラウドに次ぐ巻き込まれ体質だ、とユフィは思った。たとえ今ほどのものでなかったとしても、ヴィンセントの銃の腕を見てしまっては、当時のタークスが捨て置けなかったのも無理もないだろう。あるはずのないアルバイトという身分を作り出してでも確保しておきたい気持ちはわかる。
「じゃああんたは、神羅で銃を覚えたわけじゃなかったんだな」
ジョッキを置いたクラウドが話に加わってくる。彼が武器の扱いを習ったのは神羅の軍事学校だ。目指す部署が違っただけで、境遇としてはイリーナとさほど変わらないだろう。ヴィンセントは頷いた。
「進学で出てくるまでは、アイシクルで猟師のようなことをしていた」
「猟師ぃ?!」
「ああ、だから獲物の解体が上手いのか」
なるほど、とさらに幾人かが頷く。かつての旅の間、野営となるとヴィンセントはしばしば辺りの鳥獣を狩ってきたものだ。しかもきっちり解体処理済みで持ってくるので、調理担当者からの評価も高かった。健啖家が多かった一行で、彼のもたらす獲物がどれほど食費の助けになったか知れない。
「なんで猟師してたの? 親父さん、学者だったんだよね?」
「猟師だったのは母だ」
またも飛び出した未知情報に場がざわつく。
ユフィはまだまだ何か聞きたそうだったが、いいかげん喋るのが面倒になってきたヴィンセントはそこで首を振って話を切り上げた。開けたままになっていたボトルを取り上げ、グラスに酒を注ぐ。
案外思い出せるものだな、とグラスを傾けながらヴィンセントは思った。
神羅屋敷で人としての生を奪われたあの事件と、それ以降の日々は、あまりにも根深い苦しみの記憶としてヴィンセントの脳裏と身体とに刻まれている。その衝撃が大きすぎるせいか、はたまた、世界を救う旅に同道して以降にも幾度となく激動があったせいなのか、ヴィンセントはニブルヘイムへ赴任する以前の己の人生についてはほとんど思い返す機会がなかった。
しいて言えばディープグラウンドの騒動で思いがけず父親の名前が出て来たときくらいだろうか。メテオが片付いた後に奇しくも縁が戻ったヴェルドとたまに会う時ですら、話題はもっぱら直近の情勢についてのことが多い。もしくはヴェルドの家族自慢だ。
足元に飛ばされてきた銃を拾い上げたあの日まで、ヴィンセントは人を撃ったことはなかった。
銃の扱いにどれほど優れていようと、若く無知で考えなしだった時代が、自分にも確かにあった。特技を認められ、流されるように裏の仕事へと就き、それをさしておかしいとも思わなかった。
問われて久々にそんな昔を思い出したことで、ヴィンセントは唐突に気がついた。
思い出に痛みがないとは言えない。だが今や、それら全てをただ懐かしく遠いものとも思えていることに。
そして、過去にとらわれていた自分の目が、いつの間にか未来を向いていたことに。
「ナニ笑ってんの。それオイシイ?」
目の前で、不服そうにユフィが頬を膨らませている。
「笑っていたか?」
「ちょーっとだけね」
「そうか」
短い会話で何かをうやむやにされたことに勘づいたのだろう。唇を尖らせたユフィはちらりと目を走らせ、自ら味を確かめんとばかりにテーブルの上のボトルへと手を伸ばす。
ヴィンセントは今度こそ確かな苦笑を浮かべ、その手からボトルを遠ざけた。
POSTSCRIPT:Time tames the strongest grief.
