【FF7】take a coffee break

 

ランチのコーヒーに小さなチョコレートが添えられていた。
顔を上げると、カウンターの中からティファがにっこりと笑う。

「私からならいいでしょう?」
「そうだな。ありがたく頂こう」

どうやら疲れが顔に出ていたらしい。ヴィンセントはわずかに眉を下げて苦笑いを返した。

 

 

今日は2月14日、バレンタインデーだ。ヴィンセントの認識ではごく親しい間柄で親愛の贈り物をする日だったはずだが、近年では意味合いが変わってきているらしい。とある企業の広告戦略が広まりすぎたがゆえだと知っていても、広大な職場で顔を見たことがあるかないかといった関係の女性たちから幾度も呼び止められ、ヴィンセントはいいかげんに辟易していた。
もちろん贈り物の類は、それがどんなに気軽な菓子であろうとも、全て丁重に礼を述べたうえで辞退している。決まった相手が居る――という理由は明らかにしていないので、恐らく所属部署の立場から受け取れないのだと思われているようだ。皆、それを理解してかすぐに引き下がってくれるのはありがたいものの、善意の申し出を断り続けるというのはやはり気分が疲弊する。今日はユフィも外勤で居ないため、ヴィンセントは一人逃げ出すようにセブンスヘブンを訪れたのだった。

「ユフィがね。今日一緒に居られないこと、気にしてたわよ」
「……そうか」

敵わないな、とコーヒーを口にしながら思う。確かにユフィが居れば、ヴィンセントの代わりにもっと上手く周囲に断ってくれただろうことは明らかだ。それはユフィの仕事でないにも関わらず、ヴィンセントの心的負担を少しでも和らげようと奮闘する姿が目に浮かぶ。
だからこそ、今日彼女が居なくてよかったともヴィンセントは思う。こんな些細なことで疲弊をおぼえるような情けない姿を見られたくはなかった。男は皆、惚れた女に対しては見栄を張ってしまう生き物なのだ。

「っふふ。たぶん、違うんじゃないかな」
「何がだ」
「ヴィンセントが今考えた、理由?」

ティファはいたずらっぽく笑って、カウンター越しにも声を潜めて告げた。

「ユフィのはね、ただの独占欲だよ。あなたは自分のものなんだから、寄ってくる悪い虫からあなたを守るのは当然のことだって思ってるの」

ヴィンセントは思わず目を瞬き、ティファを見返した。
ユフィの独占欲、といえばかつてのマテリアや食事に対するそればかりが思い浮かぶのは致し方ないことだろう。あの頃の彼女はまだ子供だった。
ユフィがすっかり成長し女性として羽化を遂げた今、独占欲には愛という別の名前がついている。
そこに自分が連なっているのだと、教えられる日が来ようとは。

「あなたもそういうの、あるでしょ?」

訳知り顔で微笑まれ、ヴィンセントは無言で頷いた。ヴィンセントがとうに自覚しているそれは、おそらくユフィが思っているよりも数段重い。性格的なものもさることながら、人生を一度手放したヴィンセントには、他に愛する対象がほとんど何もないからだ。
その点で、一度全てを失ったティファはヴィンセントと似たところがあると言えた。尤も、ヴィンセントよりも遥かに社交的なティファの対象は、ヴィンセントなど及びもつかない速さでこれから増え続けていくのだろうが。

「……実感を得るというのは嬉しいものだな」
「ね。あなたや私は、ほどほどにしなきゃなんだけど」

雲間から光が射すように、重苦しかった雰囲気をようやっと和らげたヴィンセントにくすりとティファは笑う。彼女はカウンターから手を伸ばして、コーヒーカップの傍に何かを置いた。
いつぞやのようにかわいらしくラッピングされたクッキーの袋だ。それが二つ。

「これは今日のお客さんに配ってるの。一つはユフィにね」
「承った」
「大変だろうけど、午後もがんばって。ユフィったら気合を入れて、あなたが好きそうなチョコレート、用意してたわよ」
「それは楽しみだ」

今は居ないユフィも、夜には帰ってくる。今日のことをきっと心配されているだろう。先に温かい夕食でも用意して、出迎えてやれればいいのだが。
そんな少し先のことへ目を向けられるようになっただけで、店に入ってきたときが嘘のように、気分は晴れていた。ヴィンセントは残りのコーヒーを飲み干すと、小さなチョコレートを口に放り込む。ほろ苦いそれは、ヴィンセントの好みの味だ。
気にかけてくれているのはユフィだけではないのだと、改めて実感する。

 

 

会計を済ませ、コートを手に立ち上がったヴィンセントは、穏やかな目でつくづくとティファを見た。

「君は――天職を見つけたな」
「ええ。私もそう思うわ」

軽やかなドアベルを鳴らして立ち去ったその背中へ、ティファは自らの城から微笑むのだった。

 

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