【逆行物】[u]-εγλ 0002 賽は転がり続ける - 1/2

 

「ミッドガルでのヴィンセント?」
「どんな感じでした?」

一般兵二人は、離れて周囲の警戒にあたっている。小さな焚火の前に座っているのはティファとザックスだけだ。
問われたザックスはうーん、と首をひねる。
もちろん、覚えていないわけではない。ただ、男だけでつるんでいるときの様子をそのまま女子に伝えるのは、やはり気がとがめる。ヴィンセントが妹をとても可愛がっているのは、それこそミッドガルでの伝聞でもよくわかっていたことだ。ザックスの話が元でうっかり彼の株が下がるような事態は避けたい。

「どうって言われても、別に性格だって変わってないんだし。あー、彼女がいたかって意味なら、絶対いなかったと思う」
「絶対?」
「絶対。そんなヒマなさそうだったのもあるけど、そもそもアイツの口から出てきた女の子の話題なんてティファちゃんくらいしかなかった」
「えーっ!」

ティファの頬がさっと赤くなる。ザックスは笑ってひらひらと手を振った。

「つってもティファちゃんのことを話してたわけじゃなくてさ。例えばだけど、雑誌モデルの女の子がカワイイとかそういう世間話あるだろ? そういう時にヴィンセントって真顔で”妹の方が美人だ”とか言うんだよな。それがアイツの素直な感想なの」
「やっ、やだ恥ずかしい! もう、兄さんってば!」
「料理の腕とか気立てとかも、すっげー褒めてたぜ。いやでも実物見ちゃうと俺もヴィンセントの気持ちわかるわー。ティファちゃんカワイイもんなぁー」

ザックスは顎に手を当ててうんうんと頷く。すっかり照れてしまって頬を押さえるティファの愛らしい様子は、ヴィンセントの妹評が欲目でもなんでもないと証明しているようなものだ。

「それにしてもヴィンセントたち、思ってたより遅いな。ま、心配はいらないだろうけど」
「そう、ですね。今日はここで野営ですか?」
「そうなっちゃうだろうなあ。ティファちゃんには悪いけど、調査は合流してからになるし、あの山道を夜下りるのは避けたいからな」
「いえ、大丈夫です!」

むんっ、と勇ましくガッツポーズするティファを、ザックスは微笑ましく見守っていた。

 

***

 

魔晄泉を過ぎたあと、道は再び暗い洞窟を利用したものへと戻った。閉鎖的な空間であり見通しも効かないが、広さはそれなりにある。メインウェポンである大太刀を封じられずに済み、セフィロスは内心安堵していた。
ときおり魔晄の光が揺らめく岩肌を、二人は警戒しながら進んでいった。分かれ道もあるが、差し掛かる前にヴィンセントから的確な指示が入る。それはセフィロスの方向感覚にも合致しており、道中は順調だった。むしろ順調すぎるくらいだ。

セフィロスの認識では、案内人とは概して守ってやらねばならない足手まといのことだった。他の戦場でも必要に迫られてそういった地元民を雇うことがあるが、それらは皆怯えたり喧しかったりと、とにかく煩わしい存在だ。
だがヴィンセントは全く違う。
過不足のない道案内はもちろんのこと、地の利を知るゆえかその索敵能力は際立っている。ソルジャーであるセフィロスさえ時に出し抜かれるのだから、驚くべきものだ。
戦闘となっても、ほぼセフィロスに任せはするが常に銃を構え警戒を怠らない。遠距離から来るモンスターはヴィンセントに先んじて撃ち落とされていた。彼はまた、騒ぎに引き寄せられた次の群れの存在を知らせ、時に銃でその数を減らし、方向性を誘導してセフィロスに”渡す”といった連携をもあっさりとこなした。何より、それら全ての行動が、自らの安全をしっかりと確保したうえで行われているということが大きい。
これほどにセフィロスの意を汲んで動いてくれる者など、軍にすらめったに居なかった。セフィロスにとっては、得意とする単独行動以上に気楽な道中だ。こんなにも何も気を使わずに、背を向けていられる相手など。
アンジール。ジェネシス。あの二人以外には。

白刃がきらめき、最後のモンスターをばっさりと両断した。
大太刀を納めるセフィロスの元へ、戻ってきた静寂を油断なく警戒しながらヴィンセントが近寄ってくる。

「地形的に大回りしてはいるが、そろそろ近いはずだ」

ここまでかなりの戦闘があったが、ヴィンセントは息を切らすような様子もない。冷静な報告にセフィロスは頷いた。

「いつも……こんなにモンスターが多いのか?」
「……吊り橋まではさほど感じなかったが、ここは確かに多いな。使われていない道だからか、もしくは魔晄炉側でザックスたちが追い散らしたものかもしれない」
「なるほどな」
「ただ年長者が言うには、ニブル山自体は近頃モンスターが増えている傾向にある、らしい。要因はわからん」
「モンスターの生態は謎が多いからな……。もし魔晄炉の異常がモンスターによるものだった場合は、報告書に記載しておく」
「感謝する。必要であれば証言の繋ぎを取ろう」

ヴィンセントとの会話は驚くほどスムーズに意が通る。それ自体はセフィロスがかつてのミッドガルでも感じていたことだが、戦闘といういわば一般人にはわかりがたいだろう部分でまでこうも容易く通じ合えるとは、思ってもみなかった。
同じ軍務に身を置いていてすら、セフィロスの行動や意思はすぐに理解してもらえないことの方が多いのだ。

「――お前が、こんなに戦えるとは知らなかった」
「ミッドガルの生活で狩りはしないからな」

セフィロスの呟きに、フッとヴィンセントが笑う。

「だが私の技術はしょせん獣相手だ。君たちとは全く傾向が違うだろうに、あのタークスとやらは本当にしつこかった」
「いいや、大したものだ。俺はむしろ今になって、お前を手放したことを後悔しそうだ」
「光栄だが、買いかぶりすぎだよ」

それとなく促され、セフィロスは歩みを再開した。
ヴィンセントはほとんど音も立てずに後ろを付いてくる。索敵の邪魔にはならず、しかし先導するセフィロスには捉えられる程度の薄い気配。
本当に大したものだ、とセフィロスは思う。先ほどの賛辞はかなり本気だった。彼のような人物が手元に居たならば、と、らしくもなく過去の”もしも”を数え上げそうになってしまう。
あの二人を失った今ならば、なおさらに。

(来ては――くれないだろうか)

かつてのヴィンセントは、医者として故郷へ戻らなければならなかった。それが遠く離れたミッドガルへ進学する条件だったからだと、タークスのスカウトを断る理由として本人がそう言っていた。
ニブルヘイムは見るからに閉鎖的な村だ。若者が――特に村長家の長男という立場の若者が、村を出ることにいい顔はされなかったに違いない。
だが今ならどうだろう。ニブルヘイムが親神羅的な立場の村であることは、村長の態度からも明らかだ。ニブル山魔晄炉の恩恵に長くあずかり、産業を失くしても神羅の施設の地代で暮らしているのだと資料にもあった。
そこへ神羅の顔、英雄と呼ばれるセフィロスが直々に、ヴィンセントを手元に欲しいと申し立てたなら、あるいは。
神羅の施設――神羅屋敷と呼ばれているそれは廃墟に近いとヴィンセントは言っていた。近々その地代は得られなくなるかもしれないと示唆すれば、神羅との次なる繋がりとして、彼をこの村から解放できるかもしれない。

(……いや。逸るな)

ヴィンセント本人がそれを望まない可能性はもちろんある。彼は都会に魅入られるタイプではないし、タークスのスカウトを良くは思っていなかった。ソルジャー部門が治安維持部門へと統合されつつある今、セフィロスが用意できるポストとはタークスよりも不安定なものかもしれないのだ。
だが、それでも。
たかが四年、共に過ごしたのはそのうちのわずかな日々であっても、ヴィンセントを友人と呼ぶことに迷いはなかった。セフィロスがそう呼ぶ人間は本当に数少ないが、そのうちの二人であるアンジールとジェネシスも、彼には一目置いていた。子犬のザックスもだ。
二人なき今、セフィロスが精神的な苦境にあることにおそらくヴィンセントは気付いている。
この遠い地で、セフィロスはずっと気遣われていたのだ。英雄としてではなく、ただの友人として。

ヴィンセントは基本的に、セフィロスを英雄扱いはしない。セフィロスの仕事に対し敬意を払ってくれているのはわかる態度だが、それだけだ。逆に蔑むようなこともない。セフィロスが戦争で人を殺すのも、自分が狩りで獣を殺すのも、同じように仕事として割り切っているように見える。神羅とはまったくの部外者でありながら、まるで長く続いた同業者のような感性を持ちあわせているのだ。時にアンジールやジェネシスを思い起こさせるのはそのせいだろう。

(――この任務が終わったら)

聞いてみたい、とセフィロスは思った。ミッドガルでオレの元へ来る気はないか、と。
返答は予測できないが、聞くこと自体は笑って許されるだろう。それくらいの仲ではある、はずだ。

 

***

 

「サー・セフィロス! ご無事で」
「あっ来た! セフィロスー!」

セフィロスたちが岩肌に沿ってぐるりと曲がったところで、魔晄炉は突然視界にその威容を現した。
付近の警戒に立っていた一般兵が二人を見つけ、姿勢を正す。その変化に目ざとく気づいたザックスも奥の焚火の傍で立ち上がり、ぶんぶんと両手を振っている。
その様子に、セフィロスは思わずふんと鼻を鳴らした。予想通り、ザックスは魔晄炉調査にはかけらも取り掛かっていないようだったからだ。おそらく内部へ足も踏み入れてはいまい。背後でヴィンセントが苦笑を洩らした。

「ザックス。調査はどうした」
「うっ、だって俺じゃなんにもわかんねーよ!」

泣き言を叫ぶザックスの傍で、焚き火に当たるティファが兄の無事を確認し、ほっとした表情を見せていた。目が合い、ヴィンセントは軽く頷く。辺りを見回せば、騒ぎに気づいたクラウドも持ち場は離れないまま軽く手を上げて挨拶を寄越してきた。
見上げた魔晄炉は巨大なパイプに囲まれた金属の塊だ。最初期のものであり、ミッドガルのように洗練されてはいない。ヴィンセントにとっては”以前”でも今でも、時代の違いはあれど見慣れた外観だ。

「セフィロス。もう日が暮れるが、どうする。調査とは内部だけではあるまい」
「そうだな……」
「もう明日改めてにしようぜ! 一般人もいるんだしさ」

セフィロスは皮肉気に目を細めたが、もちろんその程度でザックスは臆したりしない。

「……仕方がない。野営の準備だ。見張りは四人で回す」
「やったー! さすがセフィロス、話が分かるぜ!」

ヴィンセントがなにか言いたそうに顔を上げたが、セフィロスは先んじて首を振った。

「お前は一般人だ」
「……サーのお心遣いに感謝します」

ヴィンセントは苦笑してそう返すと、自分たちの寝床を確保すべくティファを促して離れていった。こちらも、セフィロスの容姿とそっけない物言いがもたらす威圧感などまったく気にしていない。
無闇に恐れられることのない気楽さ、説明せずとも意図が通じるありがたさを、セフィロスこそが感じていた。

 

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