【逆行物】[u]-εγλ 0002 探索行 - 1/2

 

一般兵二人による目視点検では、魔晄炉の外観に特に異常は見当たらなかった。
がちがちに緊張したクラウドからの報告を聞きながら、それはそうだろう、とザックスは思った。
あの魔晄炉の異常は、内部にこそあるのだから。

ザックスにとって神羅とは、少なくとも正義だとかそういうものではなかった。志願した理由こそ“英雄”への憧れからだったが、実際に従軍すれば戦争のどうしようもないところは嫌でも見える。神羅は企業で、企業とは利益の為にあるものだ。
そんなザックスでさえ、神羅が魔晄炉でモンスターを造り出していたという事実には衝撃を受けたし吐き気さえ覚えた。造っていただけならまだしも、そのモンスターの基は人間だったのだ。その人間が誰だったとしても、そこに人生があることなど一切意にも介されていない、非道の所業だ。
神羅はモンスターを造り出して一体どうするのか。――決まっている。兵器として使うのだ。
自分たち、ソルジャーと同じように。

帰りの道程はみな無言だった。行きと同様に偵察を買って出たヴィンセントが時折モンスターを報告し、頷いたセフィロスが一人でそれを容赦なく斬り捨てる。それだけだ。
ようやっとニブルヘイムが見えたとき、安堵のため息を吐いたのは一般兵だけではなかった。楽天的なザックスでさえ、知ってしまった事実をこれからどう消化したものかともやもやした気持ちを抱えているのだ。生真面目な性質で――あれからずっと何かを思い詰めたような表情でいるセフィロスの内心はどうなっていることかと、ザックスはちらりと彼を見上げた。
セフィロスはそもそも、その思考や感情を外部に気取られるようなタイプではない。その彼がこれほど感情を駄々洩れにしているのは――間違いなく異常な事態だった。
そして、それを引き起こした原因はあの魔晄炉の光景だ。あそこで、セフィロスは何と言っていた?

『オレは……人間なのか?』

セフィロスが人間以外のなにに見えるっていうんだ、とザックスは心の中で憤る。
しかしセフィロスの圧倒的な強さに、化け物め、と声があげられるのをザックスは何度も目にしてきた。敵だけでなく、味方からも。
だがザックスは知っている。友とくだらない悪戯に走るセフィロス。体力的に劣る兵士たちを気遣うセフィロス。苦手な食べ物に必ず一瞬身構えをみせるセフィロス。ザックスのくだらない話に呆れながらも付き合ってくれるセフィロス。
彼を、人間だと呼べないはずがない。

ザックスが似合わない物思いにふけっていた間に、一行は着実な歩みで村へと到着していた。
心ここにあらずと言った様子で解散を告げようとするセフィロスに、ザックスは慌てて口を挟もうとする。
今セフィロスを一人にしてはいけない。根拠はないが、そう強く思ったのだ。

「セ、セフィロスさん!」

だが、ザックスより先に上げられた可憐な声があった。ティファだ。
皆が驚いて彼女を見る。

「報告書とかまとめる間に、証言とか雑用とか手伝いとかご入用じゃありませんか? 兄が! そういうの得意なので! ぜひぜひ連れてってください!」
「……ティファ?!」

驚きに目を見開いているヴィンセントが、ぐいぐいと妹に背を押されて前に出てくる。

「ね、ザックスさん! そうですよね!」
「お、おう! いや~ヴィンセントが来てくれるなら助かるぜ、うん! 俺そういうのまったく役に立たないからな!」

必死さを帯びたティファの目くばせに、ザックスも慌てて話を合わせる。
何の打ち合わせもなく一瞬で共犯者となった二人は、当のセフィロスとヴィンセントが唖然としている間にこくりと頷き合った。ザックスは片手でセフィロス、片手でヴィンセントの腕を引っ掴むと、拠点となっている宿屋の方へと引きずるようにして歩き出す。

「一般兵二人はしばらく自由待機な!」
「はっ、はい!」

 

***

 

ヴィンセントはもちろんセフィロスを一人にしておくつもりなどなかった。ただ行動のタイミングを迷っていたのは事実だ。
ひとまずは解散したあとすぐに宿屋を訪ねれば、セフィロスが神羅屋敷を訪ねる前に割り込むことは可能だろう。そう考えていたのだが。

「――兄が! そういうの得意なので! ぜひぜひ連れてってください!」
「……ティファ?!」

予想外の手が、ヴィンセントをセフィロスの眼前へ力強く押し出した。
驚くヴィンセントの背中に、ティファは彼にしか聞こえないだろう音量で素早く囁いた。

「たぶん、一人にしちゃダメだと思う!」

今のセフィロスはティファにさえそう見えるのだ。
ためらっている暇などないのだと世界に背を押された気がして、ヴィンセントはセフィロスを見やる。
セフィロスは怪訝そうな表情を浮かべていた。だがその口から断りの文句が出る前に、横から出てきた手がヴィンセントとセフィロスの腕を掴んだ。ザックスだ。
一瞬でティファの意を汲んだらしい笑顔の彼に引きずられながら、ヴィンセントは思いを新たにする。

”以前”を知るのは確かにこの世でヴィンセント一人かもしれない。だが、そんなことを知らずともセフィロスを思いやる人間は、こうして他にもいるのだ。
だからきっと――彼を助けたいと思うことは、間違いではないのだと。

――気を遣われている、のだろう。

宿の食堂で、気を落ち着かせるようにコーヒーカップの水面を見つめながら、セフィロスは己の状況を鑑みた。
宿の人間はヴィンセントが既に適当な理由をつけて追い払っている。セフィロスの隣にはザックスが座り、いつも通りの顔でぺらぺらとさもない世間話を喋っていた。だがその目には、絶対に逃がさないというわかりやすい気概が溢れている。
自分の分のカップを手に戻ってきたヴィンセントが、セフィロスの正面に座った。
顔を上げたセフィロスに、彼は薄く微笑んでみせる。

「多少は落ち着いたか」
「……オレは」
「最初から冷静だったとか言ったら殴るぞ!」

至近距離のザックスの叫びに、セフィロスは顔を顰めた。
ヴィンセントが呆れたように両手を上げる。

「とりあえずこの件の一切については、私は君たちの許しがない限り決して他言しない。医師免許と、君たちとの友情に賭けて誓う。信じてくれていい」
「……お前の口が軽いと思ったことはない」
「ありがたい評価だ。ではその上で問うが――何があった」

真紅の目を細めるヴィンセントが投げてきた思いもよらない直球にぎくりとしたのはザックスだけではない。当のセフィロスもだ。
ヴィンセントは弁えた男だ。実際魔晄炉の前では”中のことは聞かない”と言っていた。機密保持の観点からセフィロスとザックスがそれを話せないことを十分にわかっているはずなのだ。
ヴィンセントは、セフィロスとザックスの反応を見ていたらしい。ひとつ瞬くと、彼は背もたれに深く座りなおした。組んだ長い脚の上で、意味ありげに両手の指先を触れ合わせる。

「言えないか。つまり神羅の機密に入る部類の何かではあるが、魔晄炉の運転自体とは別の問題なのだな。君たちの、魔晄炉の安全確認という任務はひとまず達成された。村の安全にもかかわる問題だ、そこは間違いないな。セフィロス」
「……ああ」
「つまり魔晄炉の技術的な問題ではない。老朽化やモンスターといった外部要因による保安問題でもない。しかし戦場を見てきた君たちがあれほど精神を揺さぶられ動揺するような何か、か。まさか密室に死体が吊ってあっただとかそんなホラーじゃないだろうな」
「ホラーって……」

ザックスは力なく笑った。見た目だけなら確かに近い。そうであったならどれほど良かったか。
下手なホラーよりもまずい現実など知りたくなかった。

「……ふむ。シチュエーションは遠からず、だが密室に吊られた死体よりも酷い状況、か? 死体以上とは何だろうな。ゴーストなどソルジャーは恐れまい、となると、残るは生きた何かか。ザックス?」

まるでザックスの思考を丸裸にしたかのような言葉を淡々と並べながら、ヴィンセントの視線が鋭くザックスを射抜いた。悪寒に、ザックスは思わず身を震わせる。

「ま、待て待て待て! 何! アンタ心が読めんの?! なんでそんなに尋問慣れしてんだよ怖ぇーな!」
「尋問? 馬鹿を言え、私は医者だ。軍人じゃない。これは隠し事をする子供に対するテクニックの応用だ。君はとても――わかりやすい」

ヴィンセントはにこりと笑った。セフィロスに負けず劣らずの整ったその顔立ちを、ザックスはこんなにも怖いと思ったことはなかった。
どうやらザックスを揶揄っていただけらしいヴィンセントは、一連の流れに表情には出さずとも唖然としているセフィロスの方へと改めて向き直る。

「それで、君はこのあと何をするつもりだったんだ? セフィロス」
「……この村に……神羅の研究施設があるのだろう。そこで、調べたいことがある」
「研究施設?」

ここまでのヴィンセントの雰囲気に気圧されてか、セフィロスは自分でも驚くほど素直にそれを告げていた。
ヴィンセントが、意外だとでも言いたげに首を傾げる。

「君が言っているのはおそらく神羅屋敷のことだろうが……研究所のような施設にはあまり見えないぞ。昨日も言ったが、人の出入りなどほとんどない廃墟のような屋敷だ。それは本当にニブルヘイムの話なのか?」
「オレは……そう聞いた」
「神羅の人間がそう言ったのか……? まあ、行ってみればわかるか。案内する」
「ヴィンセント」

そう言って立ち上がろうとしたヴィンセントを、まだどこか呆然とした様子のセフィロスが呼び止めた。

「何だ?」
「――お前は案外タークス向きだったかもしれないな」

目を瞬いたヴィンセントは、とても”タークス向き”と評された人物とは思えない顔で、眉を下げて笑った。

「……褒め言葉だと受け取っておくよ」

 

***

 

件の屋敷の門が見えるところまで来て、ヴィンセントは鍵のことを聞いてくると言って家へ戻っていった。
神羅屋敷、と村人に呼ばれているらしいそれは、実に立派な門構えの洋館だった。ただし”古めかしい”をもはや飛び越えて、”かつては”という注釈が必要なタイプだ。
鉄枠の門扉は傾げ、庭は草ぼうぼう。薄汚れ寂れた壁と屋根、外れた鎧戸に、ひびの入ったガラス窓。ソルジャーの視力はここからでも、まるでハロウィーンの絵本のような屋敷の荒れ果てぶりをしっかりと捉えることができる。

「……どう見ても空き家だけど、ホントにここ?」
「…………」

セフィロスも実物は初めて見たらしい。若干疑わし気に眉が顰められている。

「……そう、聞いた」
「誰に? ここに詳しい人?」
「誰だったか……」

珍しく要領を得ない態度のセフィロスにザックスが首を傾げていると、軽い足音と共にヴィンセントが戻ってきた。

「父に聞いてみたのだが、村ではここの鍵は預かっていないらしい」
「へー。じゃあ入れないじゃん」
「たまに草刈りをするから、門は開いているそうだ」

どうする、とヴィンセントが目で問うと、セフィロスは無言のまま頷いた。三人揃って歩き出す。
傾いだ門扉を抜け、草の生えた石畳を踏んで辿り着いた両開きの大層な扉は、かつての栄華をしのばせるかのような堅牢さを未だ保っていた。ヴィンセントがドアの取っ手を掴んで引っ張ったが、動きそうな様子はない。

「鍵かかってんな」
「普通はそうだろう」

いくらセフィロスが多才であっても、ソルジャー課程に鍵開けの技能などというものはない。
ザックスとヴィンセントが顔を見合わせていると、セフィロスが突然数歩を下がった。

「どけ」

たったの一言。慌てて後ろに飛び退ったザックスとヴィンセントの間を、一閃の白刃が通り抜けた。

「セフィロス!」

顔を引きつらせたザックスが叫ぶ。セフィロスは素知らぬ顔で大太刀を納刀すると、見事に鍵が破壊されたドアを開けてそのままずんずんと中へ入っていった。

「――始末書、あんたが書けよな!」

再び顔を見合わせたザックスとヴィンセントは、慌ててその後を追い、屋敷へと飛び込んだ。

 

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