合流地点へ遅れて到着したシドが見たのは、岩の上でふてくされて胡座を組むユフィの姿だった。その傍には苦笑を浮かべたティファと笑顔のエアリスが立ち、なにやら慰めの言葉をかけているようだ。
「なんだありゃあ。俺らのせいか?」
確かに遅れたけどよ、とぼやいたシドにクラウドが首を振る。
「いや。あんたたちを待ってる間、暇を持て余したユフィがヴィンセントにケンカを売ったんだ。それで見事返り討ちに遭ったってわけだ」
シドは驚きに目を瞬く。
「ヴィンセントは売られても買わねえだろうに」
「俺もそう思ったんだが、なんでか珍しく受けて立ってたんだよな。もしかしたら手合わせのつもりだったのかもしれない」
経緯を見ていたはずのクラウドも首を傾げている。ユフィの行動は珍しくもないが、常に冷静なヴィンセントは絡まれたところで大抵相手にせず、上手く流していたはずだ。
「なんだなんだ、惜しいモン見逃しちまったな。素手か? ハンデは」
「お互いに素手だ。ハンデは特に聞いてないが……あー、勝手に何かハンデつけられて拗ねてるのかもしれないな、ユフィは。ヴィンセントならやりそうだ」
先ほどの光景を思い起こしながら、クラウドがどこか納得したように呟いた。
銃を武器とするヴィンセントだが、体術も相当な腕前だ。彼自身はあまり見せたがらないが、タークス仕込みのほとんど予備動作がないその戦闘術はおそらく対人に特化している。何の構えもない状態から突然鋭く重い蹴りが飛んできたかと思えば次の瞬間には視界から消え、何事もなかったかのように背後で立っていたりする。その一切無駄のない動作を見た後では、あの現タークス達の動きですらいかにも大雑把に感じられたほどだ。
「クソ、見たかったな。おいクラウド、お前も今からヴィンセントにケンカ売ってこいよ」
「やだよ。俺相手にヴィンセントはハンデくれないぞ。シドが行けよ」
「オレにだってつかねぇよ。アイツ男には容赦ねえわ」
そんな軽口を叩いていたシドはふと気がついた。その当のヴィンセントの姿が見えない。
「ヴィンセントはどこだ?」
「あれ、どこだろ。さっきまでナナキと居たのは見たけど」
「ふうん」
シドはきょろきょろと辺りを見回し、クラウドに手を振ってから歩き出した。
一行に加入したばかりのシドと、ヴィンセントとの付き合いはいまだ浅い。当然親しいとも言えない仲なのだが、シドは彼の居そうな場所に不思議と見当がつくのだった。
***
「勝ったお前がなんで凹んでんだよ」
「凹んで……?」
そこは風が吹き抜ける大きな岩棚の上だった。ナナキとともに座っていたヴィンセントは、下方から突然掛けられた声に眉をひそめた。ヴィンセントの常識からすると妙な動詞の使われ方だったが、シドの言いたいだろうことはわかる。
「よっ、と。おお、見晴らしいいな」
よじ登ってきたシドが、眼下の風景に歓声を上げた。パイロットが本職のシドは高所が好きなのだ。闖入者の大声に、ヴィンセントの膝でまどろんでいたナナキが頭を上げる。
「ヴィンセント、落ち込んでるの?」
「そういったつもりはない」
「じゃあなんだ、なんか気になることでもあんのか」
「…………」
今度は否定が返らなかった。シドは岩棚に腰を下ろすと、胡坐を組んでヴィンセントを見やる。
ヴィンセントはナナキを落ち着かせるかのようにそのたてがみを手で梳きながらシドの顔を見、次いで風景へと目を移した。
「末恐ろしい娘だな、あれは」
「ユフィか。褒めてんのか?」
「褒めている。まさしく天賦の才だ」
それはストレートな、手放しの賛辞だった。
おそらく体系的な戦闘の技術を学んだ経験のあるヴィンセントだからこそ言える言葉だ。そうでないシドから見たユフィは、やたらと喧しくぴょんぴょん身の軽いただの小娘でしかない。
「今はまだ粗削りだが、このまま戦いに身を置くのであればあれは化けるだろう。無論、死ななければの話だが」
「……それ、本人に言ってねぇだろうな?」
「当然だ。為にならん」
ヴィンセントは呆れたような声音で微かに首を振り、その返答にシドは胸をなでおろした。彼女は下手に褒められると、そのまま調子に乗ったあげく盛大な脱線事故を起こすのだ。あの年齢では仕方のないこととも言えるが。
「それで?」
当然のような顔で続きを促してくるシドに、ヴィンセントはバンダナの下でわずかに眉を寄せた。
他の誰が相手でも、普通、話はここで終わりだ。だがシドだけは時折このように、”その先”にあるヴィンセントの思考を追求してくることがある。また不可解なことに、シドはこういった態度に出る際、必ず何らかの確信を持っているのだ。
この短気な男が人の言葉を遮る場面など珍しくもないというのに、風を浴びながら、シドはじっとヴィンセントの返答を待っている。
ナナキが不思議そうにシドの方を伺い、ヴィンセントを見上げた。ヴィンセントは押し殺した溜息をつく。
もっとも不可解なのは、ヴィンセントにはこんな時、必ず答えるべき内容に心当たりがあるという点だった。
まるでそれが最初から、二人の間で共通する話題であったかのように。
「わたしは」
不意に声が掠れ、ヴィンセントは一つ咳払いをした。
「……私は、ウータイのニンジャとは密偵であり暗殺者だと思っていた。製作所時代に相対した者は皆そうだったからな。忠義を重んじ、国の為ならと老若男女関係なく進んで命を捨てるような者ばかりだ。当時のウータイは手強く、厄介な組織だった」
洗脳されてるわけでもねぇのに、と当時の同僚が毒づいたことをヴィンセントは覚えている。
「言いたいイメージはわかるが、あのユフィとは繋がらねぇな」
「ああ。彼女は――そうではない」
ヴィンセントは先ほどのユフィとの手合わせを思い起こした。
身のこなしは素早くしなやかであるが動作は全体的に派手で大振り。手合わせ程度ではそもそも音を消そうという発想もないようだ。なまじ目がいいだけにフェイントには面白いように引っ掛かる。反応速度は早いものの、こちらの行動の裏の裏までは読み切れていない。
あんなにも密偵や暗殺に向かないニンジャを、ヴィンセントは他に知らない。ヴィンセントの知るかつてのニンジャらしき片鱗はウータイ特有の大手裏剣くらいのものだが、それさえ隠し持てないほどに巨大化していた。そもそも出自を隠そうという気がないのだ。
「戦ってみてわかったが、あれはもはやニンジャという新しいジョブだな。後ろ暗いところがまるでない」
暗殺には向かない。だがどうだ、モンスターを相手にあの大手裏剣で立ち回るユフィの実力は皆が認めるところだ。
軽い身のこなしで自在に戦場を駆け、魔晄を操り、軌道の読めない斬撃は敵の死角を突く。巨大な相手にも臆さず時に足場とするほどの胆力と、一人で攻防を併せ持つ多彩な技の数々。
彼女はヴィンセントが世から隔絶していた間に生まれた、ヴィンセントが想像しえなかった新世代なのだ。
「新しいニンジャ、ねぇ。そりゃ突然変異か、それとも意図的なもんか?」
「それはわからん。ゴドー・キサラギは読めないな。少なくともユフィが言うような、ただのぐうたらでないことだけは確かだが」
ゴドー・キサラギはまぎれもなく為政者だ。彼がどこまでの先を見ているのか、常に末端でしかなかったヴィンセントにはわからない。ウータイでの大騒動を経てもヴィンセントに言えるのは、ゴドーはあれで一人娘のユフィを心から愛しているのだろうということだけだった。
「……で? それを事実として、お前は何を迷ってる」
わずかに横道へ逸れかけた話題を、穏やかながら鋭いシドの一言が縫いとめた。
静かに見据えてくる空と同じ色の瞳から、ヴィンセントはまるで逃げるように目を伏せた。ナナキを撫でていた手が止まる。
「……ユフィに、少し手ほどきをしてやるべきかと」
「お前が?」
「もちろんニンジャの技ではない。もう少し、静かに戦う技術とでも言おうか。要するに潜入や諜報のコツだ。ユフィはおそらく一度は学んだが、身に付けきれていない。性格的に好まないのかもしれないが、間違いなく才はある。もう少し洗練されるよう仕向けてやれば、彼女は斥候としても役立つはずだ」
らしくもない多弁をヴィンセントは自覚していた。まるで言い訳だ。
「はーん。でもお前は正直教えたくないんだな? せっかくの新しいニンジャを、スパイでアサシンだった古い世代のニンジャに戻しちまうかもしれねぇからか」
にやりと笑いながらシドがずばりとヴィンセントの胸中を言い当てた。ヴィンセントは思わず重いため息をつき、膝の上のナナキが心配そうに身じろいだ。
「あんたは……いや、いい」
「なんだよ、素直に讃えてくれたっていいんだぜ? よくぞ代弁してくれましたってな」
シドは機嫌よく煙草に手をやり、一瞬彷徨わせてそのまま手を下ろした。嗅覚の鋭いナナキが居ることを思い出したのだろう。ヴィンセントも再びたてがみを梳き始める。ふーっ、とナナキが長く息を吐いた。
風が吹き抜ける。休憩時間はそろそろ終わりだろう。
「んー、そうだな。俺様相談室のお答えとしては”放っておけ”だ」
両腕を回して伸びをしながらシドは言った。ヴィンセントの目がこちらへ向いたのを確かめてから、心配するなと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「ユフィはやりたいことしかやらねぇお子様だが、まあ見た目ほど能天気でもねぇよ。今日お前にこてんぱんに伸された理由を自分で考えて、必要とわかれば見て盗むなりお前んとこに来るなりするだろうさ。それからじゃねぇと、教えてやったところでムダだ」
一理ある、とヴィンセントは思った。
ヴィンセントは技術を教えることはできる。だが若い彼女に反発されずに教えるきっかけを作れそうにはなかった。しかもつい先程、手合わせで叩きのめしてしまったばかりとあっては。
「ま、それはそうとして。パーティ構成を考えるなら偵察ができるヤツを増やしたいのは確かなんだよなー。お前と、あとナナキだけってのはなぁ」
「オイラ、人の多いとこだと目立っちゃうから数に入らないよ」
あくびをしながらナナキが立ち上がり、猫のように伸びをした。
「別にあんたでもいいんだぞ。教えてやろうか」
「冗談はそれらしく言えよな。どう考えても向いてねぇわ」
「タバコ臭いもんね、シドって」
「……そうだな」
「いやそこか? そんなじゃねぇだろ?!」
狼狽え始めるシドをよそに、ヴィンセントは立ち上がった。服やマントの砂を払いながら眼下に目をやれば、集合場所の目印に仲間たちが集まっていくのが見えた。
長い髪を揺らして草原を歩く二人の女性を、ショートヘアの少女が楽しげに追いかけている。だが彼女は不意に足を止めると、くるりとこちらを振り仰いだ。岩棚に立つヴィンセントに気づいたのだろう、ユフィは突然、勢いよく拳を振り上げる。その挑むような表情を、ヴィンセントは確かに見た。
「へぇ、案外やる気がありそうじゃねぇか」
「どうだろうな」
それだけを返し、ヴィンセントは先に駆け下りていったナナキを追うべく踵を返した。
その赤い瞳がわずかながらも確かな笑みの形に細められていたことを、同じ光景を見たシドだけが知っていた。
POSTSCRIPT:元タークスは新世代ニンジャに光を見るか
