「ヴィンセント。単刀直入に言う。『月刊武器』の取材を受けてくれ」
「断る」
「まあそう言わずにさ。俺を助けると思って」
助ける、という単語にヴィンセントがわずかに眉を寄せる。それには構わず、クラウドはセブンスヘブンのテーブルにばさばさと数冊の雑誌を広げた。
かなり読み込んだ跡の残るそれは新しい物ではない。表紙を飾っているのはクラウド、ティファ、バレット……武器を構えた“ジェノバ戦役の英雄”たちそれぞれの、躍動感に溢れる美しい写真だ。どうやら各個人の特集号らしい。
「名前でわかるだろ、武器を広く扱ってる専門誌で、過去にこうして俺たち一人一人の特集をしてる」
クラウドの顔は大真面目だ。その言いたいことには勘付きつつも、なぜクラウドがそれを言い出そうとしているのかという理由には思い至れず、ヴィンセントは仕方なしに言葉の続きを促した。
「……それで?」
「頼む。残りはあんただけなんだよ……!」
クラウドは近年稀に見るレベルの真剣な顔で身を乗り出したかと思うと、ヴィンセントに向かってテーブルの上で突然平身低頭し、そう懇願したのだった。
「……“助けると思って”と言ったな。お前はこの雑誌か記者に、何か借りでもあるのか」
もしくは弱みかもしれない。ヴィンセントは内心を探るべくクラウドを注視したが、彼は悩みも焦りも表情には見せず、ただ静かに首を振った。
「……ヴィンセント。この7冊は俺の私物だ。全部を取ってあるわけじゃないが、俺はこの雑誌を毎号買ってる」
はっきりと眉を寄せたヴィンセントの脳裏で天秤が傾きかけた。まさか脅されているのだろうか。“英雄”クラウド・ストライフが?
だがその真摯な考察はものの見事に裏切られる。魔晄の瞳でヴィンセントを見据えたクラウドは、拳まで握りしめながら力説したのだ。
「借りなんてない。ただ俺が! どうしても、あんたとケルベロスの特集を読みたいんだ!」
クラウドの言葉は本物の熱意に溢れていた。その方向性はいささかおかしいが。
ヴィンセントは珍しくもあっけにとられ、ぽかんとクラウドを見返した。
「大体な、あんたは音信不通の期間が長すぎだ。電話を持ってもめったに繋がらない。DG騒動の後は一年も生死不明。やっと定住したかと思ったら、WRO経由の取材依頼は軒並み断ってるって? そんなんじゃ、俺はずっと楽しみにしてるこの記事の完結を、いつまで経っても見られないじゃないか!」
クラウドはそんなヴィンセントに隙を与えぬ早口で言い募る。
「俺だけじゃない。ディープグラウンドの騒動であんたに助けられた人やなんかの、なんでヴィンセント・ヴァレンタインの特集はないんだって問い合わせは今だに多いんだぞ。取材を申し込んでもガン無視されて板挟みになってる『月刊武器』編集部がかわいそうだと思わないのか?」
ヴィンセントとしては、そんなことを言われても、としか返しようがない。なにせ取材が申し込まれていることをそもそも知らなかったのだ。おそらくはヴィンセントがWROへ所属する際「広報には関与しない」という条件をつけたために、取材に類する申し込みはWRO側で一律に止められているのだろう。
ヴィンセントが遠い目をしている間にも、クラウドの舌鋒はとどまることを知らない。普段はどちらかといえば冷静な元リーダーが、こんなにも喋り続けているのをヴィンセントは初めて聞く気がした。
いや、そうでもないか。以前自分の合体剣について語っていた時もこんな感じではあった、とヴィンセントは思い起こす。あれは聞いている分には非常に面白いものだったが、それが自分に向けられた要望となると楽しんでもいられない。
一体どうやって止めたものかと思いながら、ヴィンセントは渋い顔でコーヒーを飲み干した。
「聞いてるのか、ヴィンセント」
「聞いていない」
ふんと鼻を鳴らしそっぽを向いたヴィンセントに気を悪くするでもなく、クラウドはテーブルの上の一冊を差し出した。
「コーヒーのお替り貰ってくる。とりあえずさ、現物を見てみてくれよ」
そう言って二人分のカップを手に席を立つクラウドを見送り、ヴィンセントはため息をついた。
差し出された一冊はユフィの特集号だ。生真面目な彼は、気は進まないながらもぱらぱらとそのページをめくる。
フルカラーの冊子には不倶戴天を構えて不敵な笑みを浮かべる彼女の、様々な一瞬を切り取った美しい写真とインタビューが数ページに渡って掲載されている。そして不倶戴天をメインにいくつかの大手裏剣をあらゆる角度から撮影し解説を書き加えた記事は、ユフィ本人の写真よりもさらに多くのページ数が割かれていた。
なるほど、“武器の”専門誌と言うだけのことはある。
ヴィンセントとて、別にケルベロスを出すことに関しては構わないのだ。職人の名こそ明かせないものの、ヴィンセントにとって誇るべき相棒であるトリプルリボルバーを自慢したい気持ちはなくもない。非常に珍しい構造の銃であることは確かだし、世の記録に残しておくのも悪くはないと思う。おそらくヴィンセント自身も、目にしたことのない珍しい銃の解説が載った雑誌というものがあれば欲しくなるだろうからだ。
ただ、そこに自分の情報は必要あるまい、と思っているだけで。
先日ユフィに頼まれて受けてしまった撮影でも感じたことだが、この紙面を彩る数枚の写真のために注がれる視線とシャッターの数はその数十、いや数百倍にもなる。
クラウドの頼みを無下にしたくはないのだが、その時間のことを考えると、あまりにも気が重かった。
平たく言えば――ヴィンセントはカメラが嫌いなのだ。
「ただいま」
「……頼んでいないぞ」
「安心しろ。これはティファからだ」
クラウドが両手で器用に運んできたのは二人分のコーヒーと、ケーキがのった皿だった。ドライフルーツが混ぜ込まれたパウンドケーキは厚く切られ、とろりとした生クリームが添えられている。受け取ると、ふわりとブランデーの香りが漂った。
男二人はしばし黙々とケーキを味わっていたが、クラウドがふと顔を上げた。
「さっき、ティファが言ってたんだが、あんたもしかしてカメラが苦手なのか?」
ヴィンセントはわずかに目を瞠った。それはほぼ事実だが、ティファに――いや誰にも、そんな話をしたことはない。
「……ティファは何と?」
「ヴィンセントは誰がカメラを向けてもすぐ気付くって。あと、監視カメラを見つけるのがすごく上手い、とも」
「さすがだな」
ティファは確かに気配りの塊のような女性だが、そこまで細かに見られているとは思っていなかったヴィンセントは素直に感心した。それと同時に、先程席を立ったクラウドはティファへ知恵を借りに行っていたのだともわかり、そうさせた己の頑なさに失笑が漏れる。
ケーキの最後の欠片を飲み込んでから、ヴィンセントは静かに口を開く。
「……ティファの言う通り、私はそもそも撮られるのが嫌いだ。どうしても、カメラを向けられると反射的に――対処、しなければならない気分になる」
「対処?」
「監視カメラは、壊すか誤魔化すかだ。それが出来ずには仕事にならなかった。……あの旅の間私は、お前たちの誰もがほとんど監視カメラを気にしないことに、驚かされていた」
追われるお尋ね者であるはずの一行が、実のところ神羅の監視下で泳がされてもいたことに、ヴィンセントは当時の早くから気付いていた。とはいえ外見が非常に目立つ一団でもあったので、気付いたところでどうにもならなかったのだが。
「あんたは見られてるのがその精度で分かるのか。ある意味職業病というか……もしかしなくても今けっこう大変だな?」
「……これでも、大分慣れたつもりではいるんだ」
今や世に溢れる携帯端末やデジタルカメラのことを思い、ヴィンセントはため息をつく。
んー、とクラウドは考え込むように唸る。
「それって逆にさ、正面からでかいカメラで撮ってくれる方が楽とかないのか? こっそりされてるから気になるんだろ?」
だがヴィンセントは静かに首を振った。
「――カメラは、銃口に似ている」
その視界にターゲットを捉え、一瞬のチャンスにシャッターを切る。言われてみれば確かに、カメラの挙動というものは銃に似ている。
つまり、正面から来られると今度は銃口を突きつけられている気分になるわけだ。
「……納得してくれたか?」
ヴィンセントは雑誌を閉じ、他の号の上に重ねた。
視線に鋭敏であることは戦いのうえではヴィンセントの強みだが、生活するうえでは弱みとなる。こんなことまで、仲間とはいえ他人に話す気はなかったのに。
「いいや、しない」
「クラウド」
「俺は、ヴィンセントとケルベロスの特集を読むためなら手段は選ばない。――あんた、カメラが嫌いだってことユフィには言ってないだろ」
「……それは」
ヴィンセントは口篭もる。その通りだった。ヴィンセントはどれほど親密な人間に対しても、弱みを自ら明かそうとはしない。たとえ窮地に陥ろうとも、性格上そうできないのだ。
「あんたが『月刊武器』の取材を受けてくれないなら、俺はユフィにそのことをバラす。ユフィはどう思うだろうな? ついこの間、ヴィンセント・ヴァレンタインにファッション誌でモデルをさせた張本人はさ?」
まるで悪役のようにくすくすと笑いながらクラウドは言った。
ヴィンセントは思わず額に手を当てて瞑目した。唇が抑えきれない苦笑に歪む。
――茶番だ。
雰囲気にのまれず少し考えればわかることだった。
クラウドがユフィにそれをバラしたところで、今さら真っ青になるのはヴィンセントではない。それは恋人に心底嫌がる仕事を強いてしまったのだと発覚するユフィの方だ。
そうなれば今後、ヴィンセントが似たような状況に巻き込まれることも、ユフィが無邪気に携帯で写真を撮ろうと迫ってくることも一切なくなるだろう。ヴィンセントにとっては、むしろ今後が楽になると言える。
だがヴィンセントの方が、それを看過できない。ユフィの心に傷を刻むことになってしまうからだ。
クラウドは、惚れた女に対するヴィンセントの見栄を守ってやると提案しているのだ。
「まさかお前に……脅されるとは」
「こんなところであんたの弱みを握れるなんてな。さあ、取引といこうじゃないか」
芝居っ気たっぷりにそう続けた二人は、堪えきれず同時に吹き出した。クラウドは腹を抱えてひぃひぃと笑い、ヴィンセントはテーブルに俯いて身体を震わせる。
「はあ、仕方がない。お前はティファに感謝することだ」
「言われるまでもないね」
やっとのことで笑いの発作を収めたクラウドは、態度を真面目に改めて切り出した。
「とは言え俺もあんたを困らせたいわけじゃない。だから一つ、俺からもサービスしてやる」
「ほう?」
「WROへはストライフ・デリバリーサービスから話をつける。あんたを一日か二日、貸してくれるようにな。もちろん相場の報酬は払う。その期間中にあんたはストライフ・デリバリーサービスでの仕事として『月刊武器』の取材と撮影を受けてくれ。それなら、あんたがWROで取材仕事を受けたってことにはならないだろ」
「詭弁だな」
「どうとでも。言ったろ、これに関して俺は手段を選ばない。後でリーブが何か言ってきたら全部ストライフ・デリバリーサービスに言えで通してくれていいぞ。面倒は俺が引き受ける」
笑みを浮かべて胸を張るクラウドは、今も昔もまごうことなきリーダーだ。
ヴィンセントは悔し紛れに、手を伸ばしてそのチョコボ頭をかき回してやった。
――後日。『月刊武器』のヴィンセント・ヴァレンタイン特集号は満を持して発売された。
特徴的な三つ首の銃口をまっすぐに構え真紅のまなざしでカメラを見据えるヴィンセントの表紙は、武器や英雄というものに元来興味のなかった層までもを魅了し、これまでにない売り上げを記録したという。
次号予告が出た時点でやっと事態を把握したリーブことWROとクラウドの間にはひと悶着があったらしいが、ヴィンセントは言われたとおりに全てをストライフ・デリバリーサービスに投げ、我関せずを貫いたという
POSTSCRIPT:続 クラウド・ストライフは武器マニアである。
