【FF7】はがねの縁

 

「ティファばっかり、ずるい」
「……何の話だ」

座るスツールをくるりと回し、隣のヴィンセントに向けてクラウドは据わった目で呟いた。
ビール以外の酒類では途端に悪酔いするという彼の極端な体質は、仲間たち皆が既に知るところだ。カウンターに置き去りの水割りを横目で見やり、ヴィンセントは微かに眉根を寄せた。

「開店祝い」

魔晄の蒼い瞳をむっつりと細めて、クラウドはヴィンセントの手にあるグラスを指差した。
琥珀色の酒を湛えた美しいロックグラスは、セブンスヘブンの開店祝いにヴィンセントがティファへと贈った物だ。

「俺だってデリバリー・サービス開業したのに! 何も貰ってない!」

クラウドの口調は普段よりもずいぶんと子供じみていた。思いのまま吐露される羨望と不満の言葉に、普段のクールさが嘘のようなへの字の口元。カウンター内のティファが苦笑いを浮かべている。
ルーレットと揶揄されるクラウドの酔い方は、なぜか毎回方向性が違う。フォークが転がっただけでもけらけらと笑い続けていることもあれば、ひたすらに己を卑下し続けることもあり、対応がなかなか難しい。
今回はまだ扱いやすい方か。そう考えたヴィンセントは、グラスを置いてクラウドに向き直る。

「お前には、新しい剣の相談に乗ってやっただろう」
「あれは開業する前じゃないか」
「お前の剣そのものは贈れないからな。その代わりに、手合わせも付き合った」

ヴィンセントの声音もまた、普段より幾分か柔らかいものだ。まるで子供へ言い聞かせるように。
それでも不満げに口を尖らせるクラウドへ、ヴィンセントはわずかな苦笑の色を浮かべる。

「私に銃以外の武器で手合わせさせたのはお前だけだぞ。それでも不満か?」
「ふまんじゃない……」
「ならば機嫌を直してくれ」

ほら、と差し出されたロックグラスに、クラウドもすっかり薄くなった水割りのグラスを取り、合わせた。キン、と涼しい音が立つ。ヴィンセントがそのまま静かにグラスを傾けるその洗練された仕草を、クラウドは惚けたように眺めている。
抑えきれない好奇心に負けて、ティファは囁くように問いかけた。

「ヴィンセントが、剣で戦ったの? クラウドと?」
「手合わせだ。戦いとは呼べない程度だな」

ヴィンセントは微かに首を振って答えた。
冷静で観察眼に長けたヴィンセントはかつての旅の間も、仲間たちとの手合わせによく引き出されていた。だがティファの知る限り、その手段は大抵徒手だったはずだ。彼が格闘術にも長けているのはそうして皆の知るところだったが、クラウドと合わせられる程に剣が使えるなど初耳だ。
ティファが口を開きかけたところで、茫としていたクラウドが唐突に呟いた。

「じゃあまた、手合わせしてくれるか」
「……徒手でなら」
「剣がいい」

うつらうつらと瞼を揺らしながらクラウドは懸命にそう言い張った。
どうやら眠気に襲われているらしい。ヴィンセントとティファはちらりと視線を交わす。

「――仕方のない奴め」

ヴィンセントが口調だけは苦々しげにそう言うと、クラウドはふわりと笑った。実に嬉しそうな顔のまま、金髪の頭がぐらりと傾いでカウンターへ落ちかかるのを、さっと差し込まれたヴィンセントの腕が支え、そっと下ろす。

「寝ちゃった……。ありがとう、ヴィンセント」

本人の代わりに礼を述べるティファへ、ヴィンセントは軽く肩をすくめてからグラスを差し出した。

「同じのでいい?」
「ああ」

ヴィンセントはついでとばかりにクラウドの水割りも飲み干した。この薄さで飲みきりもせずにこれだけ酔えるとは、本当にクラウドの酒癖は謎が深い。
幸せそうなチョコボの寝顔をヴィンセントが半目で眺めていると、くすくす笑いながらティファが新たなグラスとつまみの皿をカウンターに置いた。

「ビールグラスにすべきだったか」

美しいロックグラスをキン、と爪で弾く。同じ家に住んでいるのだからクラウドも使うだろうと思った、というのはまあ言い訳だが、まさかこんな子供じみた反攻に遭おうとは思ってもみなかったのだ。

「ヴィンセントにお祝い貰ったよ、って見せたとき、別に気にしてた様子とかなかったんだけどね」
「……秘めた感情を酒が暴いたのか、単純に嫌がらせという線もあるか」
「手合わせ? そんなにイヤなの?」
「嫌と言うほどではないが、得手でもないからな」

ヴィンセントはグラスを口に運んだ。

「剣筋が見えはするから、なんとか受けるくらいのことはできる。それが精一杯だ。筋肉痛になるしな」

最後に付け加えられた彼の珍しい軽口に、ティファは声を上げて笑った。確かに、使う筋肉は全然違うだろう。
クラウドの方が銃を持ってヴィンセントと手合わせする姿などあまり想像できないことを思えば、やはり元タークスという彼の経歴の特異さがよくわかる。もっとも、あの大剣を振り回せるのは後天的な身体強化あってのものだろうが。

「――かつて憧れた者を越えた。それでも、満足などできんものだな」

ヴィンセントは呆れたような、しかし穏やかな視線でクラウドを見ている。
それを目にするたび、ティファはどこかほっとするのだった。クラウドには彼という理解者がいる、と。
クラウドを理解したいと心から願っていても、女であるという一点の価値観により決して完全にはなれないティファが抱えるそこはかとない不安を、ヴィンセントは払拭してくれる存在だった。一人ではないと、時には任せていいのだと、言葉でなくその存在が示してくれる。

「男の子だなぁ、って思うんだよね」
「フッ、違いない」

かつてのクラウドはひたすらに強さを求めていた。
だが少年は大人になるものだ。追い求めていた強さは手段にすぎず、心の求める目的はまったく別のものだと、気付く日はすぐに来るだろう。

「まあ、君は気長にやることだ。あまり思いつめないようにな」
「あ、今の。すごく年上っぽい」
「相応でありたいものだ」

くすくすという笑い声に、からりと氷の音が鳴る。
――Closeの札がかかるバーで、密やかな灯はまだ消えない

 

POSTSCRIPT:はがねの縁

 

送信中です