【FF7】瓦礫の街で

 

胡散臭いやつだ。
バレットから見た、ヴィンセントの第一印象とはそれに尽きた。

そもそも出会い方からして真っ当なものではなかった。彼は滅びたはずの村に建つぼろぼろの屋敷の地下の、棺桶の中から出てきたのだ。その現場を見ていなければバレットだって、どこのB級ホラー映画の話だと笑い飛ばしたに違いない。
それでいてヴィンセントの身分は元タークスなのだと言う。タークスと言えばあの・・神羅の犬だ。七番街のプレートを落とした赤毛の顔がバレットの脳裏をよぎる。信用などできるはずもないとバレットは吠えたが、一行のリーダーであるクラウドはそんな意見など意にも介さず、ヴィンセントを受け入れた。

道中、バレットからあからさまな敵意をもって見られていることを、ヴィンセント自身はまったく気にしていないようだった。むしろバレットの反応の方が当然だと思っていたきらいすらある。エアリスやナナキがあっさりと気を許してきたことに、彼はときおり戸惑う様子を見せていたからだ。
そうしてしばらく共に旅をすれば、嫌でも見えてくるものがある。
ヴィンセントは彼が言った通り確かに元タークスで、つまりはプロだった。ヴィンセントが加入してから道中が不思議と楽になったことに、バレットはずいぶん後になってから気がついた。

ヴィンセントは索敵や偵察といった、これまで一行に足りなかった技術を持ち合わせていた。そのうえ後衛なのもあって、視野が広い。戦闘の最中にやってくる「おかわり」の群れを真っ先に報告するのはいつも彼かナナキだった。
バレットが気楽にマシンガンを乱射していられるのはヴィンセントがそれを援護して敵の移動をコントロールしているからだとユフィに言われたとき、バレットは心底驚き、目から鱗が落ちる思いをしたものだった。
後衛で遠距離武器なのはバレットも同じだ。それなのにバレットは、そんな戦い方があるとはこれまで考えたこともなかったのだ。

先行して崖を上り次のルートを探すクラウドのすぐ下で、ヴィンセントが全員に手を貸し順番に引っ張り上げる役を担っていたことにも、バレットは当初何も感じていなかった。女にいい顔しやがって、といわれのない反感すら持っていたかもしれない。気がついたのは、のちにハイウインドという移動拠点を手に入れてからだ。
甲板への縄梯子に難儀するバレットやケット・シーを、縄梯子ごと引っ張り上げたのはやはりヴィンセントだった。いつもと変わらないその冷静な顔に、バレットは最も気遣われていたのが隻腕の自分であったことを突然に理解した。
巨漢であるバレットの体重を持ち上げるのは、その身に魔獣を飼うヴィンセントでさえ大変なことのはずだ。瞬間的にリミットブレイクの力を応用しているのか、梯子から見上げたヴィンセントの目は金色を帯びていた。あまり使いたい力ではないはずなのに、だ。

「ありがとよ」

バレットは、今まで彼に礼の一つも言っていなかったのかもしれない。言葉をかけられたヴィンセントはわずかに目を見開くと、気にするなとでも言うようにひとつ頷いた。
そうしてやっと、バレットはこの元タークスに対する根拠のないわだかまりを捨て去ることができたのだった。

 

 

***

 

 

ホーリーはメテオを消し去ったが、結局のところその被害は甚大だった。
落下の目標にされていたミッドガルは瓦礫の山と化し、へし折れた神羅ビルの姿にはバレットでさえ息を呑んだ。アバランチは、バレットは、自らの手で神羅をこうしてやりたいと思っていたはずなのに、実際目の当たりにした光景はただただ悲惨で、そこには人々の嘆きしかなかった。
バレットは今ここにある地獄の前で、かつての自分たちがしでかしたことに心の底からぞっとした。
ミッドガルはライフラインのほぼ全てを魔晄動力に頼っていた。つまり今、住民たちは命こそ助かっても、生き続けるための水すらここでは満足に得ることができない。あの頃のスラムでさえ井戸などめったに見なかったのだ。それを知らない上層からの避難民との小競り合いは、既にいくつも起きていた。
バレットは思わず身震いした。アバランチがもくろんだ魔晄炉の爆破が全て計画通りに進んでいたなら、この地獄を作り出していたのは自分たちだったのだ。それも、意気揚々と。結局末端で被害を被るのが誰なのかを、考えもせずに。
ケット・シーの中身――リーブ・トゥエスティ都市開発部門統括がバレットに対して激高したのも当然だった。むしろ、よくあれだけで済ませてくれたものだと今は思う。
リーブは自分が作った都市を壊されても、自分の分身を犠牲にしても進み続けた。星を地獄とさせないそのために、彼は都市を地獄に変えようとした者たちに全身全霊で協力していたのだ。自分たちアバランチとは正反対だった。星を救うという大きな目的を掲げながら、バレットたちがやったことは自らの恨みに基づいた単なる憂さ晴らしだった。
今こうして地獄の入口に立ち、やっとバレットはそれを認めることができた。あまりにも、遅すぎたが。

「バレット」
「お、おう」

かけられた静かな声に、バレットは飛び上がりそうになったのをこらえて振り返った。一足先にミッドガルでの救助活動に駆り出されていたヴィンセントは、どうやら仲間たちへリーブからの要請を伝えに来たらしい。足音ひとつさせない技量は大したものだが、場を考えてほしいものだ。
隻腕であることから救助活動にあまり向かないバレットは、神羅ビルから湧きだしたとおぼしきモンスター退治の班へと振り分けられた。

「それから、マリンは無事だそうだ。今はカームにいて、こちらの避難所が落ち着き次第エルミナ――エアリスの御母堂が連れてきてくれる手筈になっている」
「ああ、マリン……!」

無事であることだけは既に聞いていたが、この地獄を見た後での吉報はまるで天上の鐘のようにバレットの胸の内に響いた。バレットは安堵に滲んだ涙を左手で乱暴にぬぐい、はっと気付いてヴィンセントへと問う。

「エアリスのお袋さんに、エアリスのことは」
「リーブが既に」

愛娘の訃報を伝えるという辛い役目まで、リーブは担ってくれていた。事あるごとに「マリンは無事なんだろうな?!」と迫るばかりだった自分の行動が、バレットは今さらに恥ずかしくなる。
星のためだとあれほど壮大なお題目を唱えながら、バレットはずっと自分のことしか考えられていなかったのだ。エルミナが心の中で同じように求めていただろうエアリスの命を、バレットたちは守りきることができなかったのに。

「……ばかでっかい借りができちまった」
「精々働きで返すことだな」

バレットは驚いてヴィンセントをまじまじと見た。返答があるとは思ってもみなかったのだ。しかもずいぶんと前向きな一言だ。今までずっと罪だの罰だの言っていたヴィンセントの口から出たとは信じられないほどに。
ヴィンセントは微かに、だが確かな薄い笑みを浮かべると、おもむろに右手を振り上げてバレットの肩を思いきり叩いた。

「痛ってぇ?!」
「時間が惜しい。早く行け」
「お前は?」
「報告だ。その後どこかに合流するだろう」

言い捨てると、マントを翻したヴィンセントは廃墟の上を飛び移りあっという間に姿を消した。バレットには到底出せない移動速度だ。あれなら確かに、伝令役には最適だろう。適材適所というやつだ。
バレットはもう一度、眼下の地獄に目をやった。へし折れた人類の栄華、見る影もなく崩れ去った街並み、並べられた既に物言わぬ身体と、その傍で力なく項垂れる人々。
しかしいまだに黒煙も漂う中で、上層も下層もなくわずかな力を合わせて救助活動に励む住民たちの姿を。
バレットは目に刻み込み、絶対に忘れないと心に誓った。

 

 

***

 

 

あのミッドガルで、リーブがヴィンセントをものすごく便利にあらゆる方面で使い倒していたことを、バレットはやはりずいぶん後になってから知った。「私に戦闘以外を期待するな」などと言っていた元タークスの技能は、戦闘面以外においても役に立つものだったらしい。
復興にある程度の目処が立ったころヴィンセントは無言で姿を消したが、その理由についても仲間たちは「このままだと知らん間にリーブの部下にされちまうからな」などと冗談を言いあって笑ったものだった。
星痕症候群、バハムートショック、そしてディープグラウンド。街が成り立って以降数々の災厄に見舞われ続けたエッジは、ヴィンセントによってオメガが倒されたことでやっと平穏を取り戻した。
行方不明を経て戻ってきたヴィンセントは、ずいぶんとすっきりした顔をしていた。肩の荷をおろした――とまではいかずとも、その重さはおそらく減ったのだろうとバレットは思った。

”ばかでっかい借り”を返す方法を模索したバレットは、急務とされた魔晄以外の新たなエネルギー源を探す役目を自ら請け負い、そして成功した。
あの時「精々働きで返すことだ」とバレットに言ったヴィンセントもまた、同じようにその方法を模索していたのだろう。不老不死の彼がいったいどれほどの人生を世界へ捧げるつもりかとバレットは密かに気を揉んでいたのだが、その解決は実に意外なところからもたらされた。

「……つまり、普通の人間に戻ったってことか?」
「どうだろうな。だが少なくとも、不老不死ではなくなった」

寿命の残りはわからんが、とヴィンセントは真顔で付け足し、グラスを傾けた。
ヴィンセントの帰還を祝って貸し切りにされたセブンスヘブンで、彼がカオスを失ったと明かされた仲間たちは大騒ぎになったが、当のヴィンセントはいつもと変わらない冷静な顔のままだった。
それが格好つけでもなんでもなく、彼の単なる素の表情なのだということを、もうバレットも知っている。その佇まいからやたらと謎めいて見えるヴィンセント・ヴァレンタインは、実のところ理屈屋のくせに説明を面倒くさがるあまり内心をその一割も表に出さないだけの普通の男なのだった。

「――それってよ、”働きで返し終わった”ってことなんじゃねぇのか」

口をついて出た呟きに、バレットははっと顔を上げた。声にするつもりではなかったのだ。
幸いなことに、今この席にいるのは自分たち二人だけだった。そしてヴィンセントは、珍しくあからさまに驚いた顔でバレットを見ていた。彼の方も、あのミッドガルでの会話を覚えていたのだ。

「……そう、見えるか」
「う、気に障ったならすまん」
「いや」

ヴィンセントが、自ら抱え込んだ罪とやらからまったく逃れようとしていなかったことくらいは、鈍いバレットにもわかる。そもそも赦されることを彼は望んでいなかった。あの罪と罰は愛した女との最後の繋がりだからだ、とはいつぞやシドが言っていたのだったか。
ヴィンセントはテーブルにグラスを置くと、ソファに深く背を預けた。

「啓示、か」
「へ? なんだって?」
「カオスに――似たことを言われたと、思い出した」
「……話せるもんだったのかよ?」
「たまにな」

ヴィンセントが不死とともに失ったカオスは、あのオメガに関係するウェポンの一種だったのだとバレットは聞いていた。ウェポンといえば星が作り出したものだ。つまりその言葉は星からの意思とも言えるのではないかと、バレットは考え込む。

「バレット。お前は油田を発見したが、それで”ばかでっかい借り”とやらを返し終わったと感じたか?」
「……いいや」
「だろうな。結局のところ、贖罪とは自己満足だ」
「わかる気はするけどよ」

バレットはがりがりと頭を掻いた。
借りも貸しも、罪も罰も、その重さを正確に量ることなどできはしない。被害者は加害者をどれほど糾弾したところで満足などできないだろうし、加害者がどれほど負い目を感じていたとしても被害者には理解などされまい。
それは既に過去だからだ。起こしてしまったことは、どうしたって変えられないからだ。

「でもよ、一歩前進したとは思ったぜ」
「たった一歩か」
「うるせぇ。前に進んだことが重要なんだよ。そうだろ?」

バレットは酒の瓶を取り上げ、自分のグラスにどばどばと中身を注いだ。ヴィンセントの前に置かれたグラスにも酒を注ぎ足してやり、ずいと押しやる。
ソファで脚を組んだヴィンセントは、それだけでまるで映画のワンシーンのようだった。長い睫毛がまたたいて、赤い瞳がどこか面白そうにバレットを見た。

「ほらよ、乾杯しようぜ」
「何にだ?」
「お前の――タイムリミットに」

ふ、とヴィンセントの口角が上がる。
彼はグラスを受け取ると、ソファから身を乗り出した。淡いライトの下で、そっと触れ合わされた二つのグラスがカチンと美しい音を立てる。
なみなみに注がれた酒をヴィンセントがそのまま一息に呑み干すのを、バレットはあっけにとられながら眺めた。ヴィンセントはまったく酔わないが、それにしたってこんな呑み方を見るのは初めてだった。

「美味いかよ」
「ああ。味わえる回数にさえ限りがあるのだと思えば、なおさらな」

楽し気に目を細めたヴィンセントが空になったグラスを突き出すので、バレットは苦笑いしながらおかわりを注いでやった。

 

 

***

 

 

「にしても、年取って普通に働いてるお前っつーのも今さら想像つかねぇな」

バレットは真面目に首をひねる。バレットにとってのヴィンセントとは、要するに赤マント姿の放浪者だ。ハンターとしてはもちろん凄腕だろうが、いつまでも続けられる生活ではない。

「これでも昔は毎日スーツで会社勤めだったのだが」
「あー」

そう言われれば確かに、ヴィンセントは元々神羅の社員だったのだ。コレル砂漠のど真ん中にまで時折スポンサーの使いとしてやって来る赤毛とスキンヘッドの、ずいぶんとこき使われている様子をバレットは思い出す。
きっとリーブは、ああして何かと便利なヴィンセントを手に入れるべく手ぐすね引いて待ち構えているだろう。今はWRO所属のユフィも、同じく保護されているシェルクも、それを全力で援護してくるはずだ。囲まれてしまえば、こう見えてもお人好しのヴィンセントは逃げられない。

「まぁ、なんだ。お前仕事となったら手抜きしなさそうだしよ。また気づいたら社畜生活とか、そういうのにならねぇようせいぜい気ぃつけろよ」
「……覚えておく」

自覚の薄いヴィンセントは嫌そうに眉をしかめてそう答えたが――
数か月後。単騎であっさりと砂漠を越えて油田施設を訪れたWROの凄腕調査員の姿にバレットが目を丸くするのは、また別の話である。

 

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