【FF7】琥珀の縁

 

カラン、と真新しいドアベルが音を響かせた。
ティファはカウンターから顔を上げ、来訪者に笑いかける。

「いらっしゃい」
「よぉティファ、休憩中に悪ィな」

いつもなら粋に片手を上げて挨拶をするシドだが、今日の彼は両腕でなにやら厳重に梱包された木箱を抱えていた。大きさはそれほどでもないのだが、手つきがやたらと慎重だ。壊れ物だろうか。

「連絡をくれたから大丈夫よ。――それ、なあに?」
「頼まれ物だ。ヴィンセントから、お前さんに。遅くなったが開店祝いだとよ」
「ええっ?! シド、ヴィンセントに会ったの?」

ティファは思わず立ち上がった。
メテオ騒動の救助活動がひと段落つき、仲間たちがそれぞれの道へ戻るべくパーティを解散した時。誰にも行き先を告げることなくふらりと姿を消したヴィンセントは、それ以降ずっと消息不明だった。
もっとも彼が今さら棺桶に戻って眠りにつくとは、誰も思っていなかった。だからおそらくは世界を放浪しているのだろうと、その旅の無事を祈ることしかできなかったわけだが。
シドは木箱をそっとカウンターへ置き、ふー、と安堵の息を吐いた。

「一ヶ月くれぇ前かな、仕事先で偶然によ。そん時この店の話をしたら、何日か前にまたフラッと俺ん家にやって来て、これをティファに渡してくれっつーんだよ」
「……連れて来なかったの?」

ティファは上目遣いでちらりとシドを見た。
シドならば、ヴィンセントを無理矢理引きずって来て「自分で渡せ!」くらいは言いそうな気もする。

「――最初はそうするつもりだったんだがよ。あいつ珍しく俺様にまで土産を持ってきてたもんで、気が緩んで逃がしちまった」
「おみやげ?」
「キャニオン産の葉巻。久しくお目にかかってねぇ上モノだぜ。どこで手に入れたんだか」

シドが肩をすくめる。
ティファは木箱を一瞥し、梱包を解くべくナイフを取り出した。ロープを切り、その下に巻かれていた厚い耐水紙を剥がすと、現れたのは蝶番の付いた飴色の木箱だ。蓋の表面には複雑なデザインの紋章とともにメーカー名らしき名前が焼き付けられている。どちらもティファの知識にはない商標だった。
隣からシドが興味深げに顔を突っ込んでくる。どうやら彼も中身を見てはいなかったらしい。

「わぁ……!」

蓋を開けたティファは、ため息のような歓声を上げた。
布が張られた緩衝材の台座に納まっているのは、五客セットのロックグラスだ。透き通ったガラスが照明を受けて、とろけるような光をたたえている。
飲み口が少し広がった揃いの円筒形はごくオーソドックスな形で、実に使い勝手が良さそうだ。手に取ってみればずしりとして、良質のグラス特有の重みと冷たさがある。女性であるティファの手にも大きすぎることのない、絶妙なサイズ感だった。
よく見れば、凝ったカッティングは全てが違う柄だ。空の状態でこれほど美しいのだから、酒が注がれればどれほどだろうかと、ティファはバーテンダーのさがに心を浮き立たせる。

「ステキ……!」
「ああ、いいグラスだ」

シドも感嘆の声を洩らした。あのヴィンセントにこの手のセンスがあったとは驚きだ。
この店で使うには少々上等すぎる気もするが、あって困るものではない。むしろ手に入れようとしてすぐ手に入るものではないのだから、気の利いた贈り物と言えた。
グラスをひとつひとつ照明に掲げ見るティファの横顔は喜びにきらきらと輝いていた。シドはここに居ないヴィンセントの代わりに、それを目に焼き付ける。

「――シド、今日のお仕事は?」
「幸いなことに午前中で上がりだ」

二人は笑い合った。カウンターの中へ入ったティファは、上機嫌にグラスを洗い始める。
シドは梱包材のゴミをまとめて捨てると木箱をカウンターの端へ寄せた。表面の焼き印をなんとなく指でなぞる。

「聞いたことがないメーカーみたい。シドは知ってる?」
「いや、知らねぇな。酒ならともかく、グラスのことなんてよ」
「グラスも大事なのよ。意外と味が変わるの」
「へええ」

スツールに腰かけたシドの前に、すっとグラスが差し出された。
大き目の氷にワンフィンガーの琥珀色がとろりと艶やかに光る。宙に透かせば、酒という無二のパートナーをその内に得て複雑なカットはまるで宝石のように輝いていた。
ティファはもう一つ、自分用に薄い水割りを作ると、カウンターを出てきてシドの隣に座る。

「セブンスヘブンに」
「それから、ヴィンセントに」

二人はグラスを掲げ、乾杯する。

「……へぇ、違うな」
「でしょ?」

中身はシドのボトルである飲み慣れたウィスキーのはずだが、いつも以上に香りが立っているように感じられた。唇に何の抵抗もない薄く冷たいガラスの飲み口を経たその味は、驚くほどまろやかだ。
掲げたグラスをうっとりと眺めていたティファも、一口味わって満足そうに頷いていた。

「いいわね。とっておきのグラスにするわ」
「しまい込んじまうなよ?」
「わかってますー」

いかに良いグラスであれ、使ってこそ贈り主の意に沿うだろうことは、ティファもわかっている。
ただ、セブンスヘブンの客層にはグラスの価値など考えもしないだろう人間の方が多いのも事実だ。
その使いどころの選択には、店主であるティファの腕が試されているとも言えた。

「ね。ヴィンセントにお礼、言っておいてね」
「そのうちここにも来るだろうさ」
「だといいけど……」
「次こそは怒鳴りつけてでも、首に縄付けて引きずってきてやるよ」
「本当に? またおみやげに惑わされない?」
「アイツが毎回そんな気を利かせるタマかよ」

二人は笑いながらグラスを傾ける。
思い出話を肴に、昼下がりのささやかな酒宴はしばし続いたのだった。

 

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