【FF7】標の夜

 

ヴィンセントの一年ぶりの帰還を祝う会は、セブンスヘブンの閉店時間を越えても終わる気配がなかった。
何かと多忙なリーブがシェルクに付き添われて店を辞し、子供二人が部屋で寝かしつけられても、残った大人たちは笑い、騒ぎながら、だらだらと酒瓶を空け続けている。

「あっ、そうだヴィンセント」

ジョッキを片手に、クラウドがボックス席へやってきた。座っていたシドを力づくで奥へ押しやり、ヴィンセントの目の前を確保する。

「これ、アンタのだろ」

ちゃり、という軽い金属音と共にテーブルに置かれたのは、三つ首の犬を意匠化したレリーフだ。半ばで千切れた細いチェーンがついている。

「よく見つけたな……!」
「ミッドガルで拾った。近くにアンタも落ちてないかと思って、そこら中の瓦礫をひっくり返したよ」
「それはすまない。世話をかけた」
「ちゃんと帰ってきてくれたからな。今回は不問にしてやるさ」

クラウドが笑顔で掲げたジョッキに、ヴィンセントはグラスを合わせた。

「尾を失くして、ずっと機嫌が悪かったんだ。助かった。感謝する」
「んん? うん」
「その割にはがっつりってたじゃねぇか」
「はあ? 病み上がりが昨日の今日で?」
「あーもう全ッ然平気だぞこいつ。WROは阿鼻叫喚だったがな」
「確かめたいことがあってな」
「連絡には検査を受けたとしか書いてなかったじゃないか。一体何やってるんだ……」
「今度シミュレーション借りてみな。コイツの新しいリミット、ありゃおもしれぇぜ」
「新しいリミット?!」

続いていくシドとクラウドの会話をよそにレリーフを矯めつ眇めつしていたヴィンセントは、異常のないことを確認したのかレッグホルスターからケルベロスを抜いた。
膝の上でグリップの短い鎖と合わせて長さを確かめる、そのまなざしは道具に対するものとは思えないほど、情に満ちている。

「ケルベロス、失くさなくて良かったな」
「本当に。これは換えが利かない」

ヴィンセントは頷いた。世にも珍しいトリプルリボルバーは、失くしたパーツ――ヴィンセント曰くの尾を取り戻して、どことなく満足そうに鈍く光を反射している。銃身に施された流麗な装飾を、白い指が愛しげになぞった。

「……綺麗な銃だ。アンタそういうのが趣味なのか」
「趣味……とは」

ヴィンセントはなぜかシドと顔を見合わせた。言わんこっちゃないと呆れた顔になったシドが、ヴィンセントの肩を叩く。

「ぐ、――どうだろうな。もちろん気に入ってはいるが、私がこの外観を注文した訳ではない」
「なんだ、てっきり全注文で作らせたやつかと思ってた。でも気に入ってるならそれが全てさ。アンタほどのガンナーに使われて冥利に尽きない職人なんていないだろ」
「……過ぎた賛辞だ。だが、ありがとう」

 

 

話題はそこからクラウドの方に移った。クラウドが今や持ち物にかなりの拘りを持つことは皆が知っている。
合体剣やフェンリルは手に入れるにあたって、長さや重心といった実用的な部分はもちろん、ギミックの発案から外観のデザインイメージまでどれほどの注文を職人に提示し、一蹴され続けたか。
クラウドがジョッキを空けながら語る喧々諤々の打ち合わせの模様は、これまで散々エンジニアを怒鳴りつけてきたシドが引くほどに職人泣かせのエピソードばかりだったが、聞くだけならば一生思い出して笑えるだろうほどに面白かった。

「おいティファ、コイツの財布の紐ちゃんと締めとけよ!」
「そうしたいんだけど、クラウドって自力で無限におこづかい稼いできちゃうんだもの」
「家計に入れやがれ家計に!」
「そこは抜かりないぞ。マリンとデンゼルを大学まで出してやるくらいの蓄えはちゃんとある」

マリンの分はバレットが出すのが筋だろうとヴィンセントは思ったが、当のバレットは既に鼾をかいている。

「ご立派だけど、子供たちだけじゃなくてティファに楽させてやんなよねー」
「わ、私は別に。ここだって好きでやってるんだし」
「ティファは黙ってなって。男のカイショーの話だよ!」

尽きることなく騒がしい仲間たちの声を聞きながら、ヴィンセントは膝の上に凭れるナナキの鬣を指で漉いていた。ぱたりぱたりと気持ちよさそうに、炎の灯る尾が揺れる。

「……ヴィンセントの、それ」
「ん?」
「ケルベロス」

ナナキの柔らかな声に、ヴィンセントはテーブルの上を見やった。そこには、ナナキを迎え入れる際にホルスターごと外された銃が置かれている。

「今はごきげんだね」
「……お前は、わかるか」
「なんとなくね」

四つ足同士なのかな、とナナキが笑う。
番犬の名を冠す銃はカオスによって齎されたものだ。しかしカオスが星に還ってなお、これはヴィンセントの手元に残された。
星の眷属ウェポンが創りし武器ウェポン。その特殊性を別にしても、ヴィンセントにとってもはや手放せない、無二の相棒だ。
大きな手で撫でられる心地よさにうとうととまどろみながら、ナナキは告げた。

「ヴィンセントと居ることを選んだんだよ」
「……光栄だな」
「ヴィンセントはそれだけのことを果たしたんだね。……大変だったよね」
「私一人では、何も。皆のおかげだ」
「皆と来ることを選んだじゃないか。それが大事なんだなぁって、オイラ、思うよ」

思いがけない言葉に、ヴィンセントは目をみはる。
あの暗い地下室を訪れ棺桶を開いた人間は他にもいた。だがクラウドたちと共に行くことを決断し、地下室を出たのは確かにヴィンセント自身だ。

「あれが最初の一歩、か」
「二本足は歩き出すまでが長いけど、手が使えるようになればなんでもできる」

宝条に殺されたヴィンセントが棺桶から出たことを新たに歩き出したと捉えるならば、カオスが消えたことで身体をほぼ再構成された今は、新たに生まれなおしたも同然だ。

「歩き出し方、忘れてないよね?」
「……ああ。お前たちにも、他にも……教わったからな」
「良かった」

ごろごろと唸りながら、ナナキは目を閉じる。優しい手の感触だけをいっぱいに感じる特等席で、つかの間の眠りに身を委ねた。

 

 

日付が変わっていくらか経った頃、飲み会はようやくお開きとなった。
ほとんど酔わないがゆえに毎回自主的に片付けを担当するヴィンセントも、今日ばかりは主賓なのだからとキッチンを追い出された。代わりにティファから与えられたのは、ユフィを自宅まで送るというミッションだ。
二人を見送りに外まで出てきたクラウドが、神妙な顔でヴィンセントを見上げる。

「カオスが星に還ったなら、アンタの身体も今までみたいにはいかないだろ。あんまり俺たちを心配させないでくれよ」
「お前に言われるのもどうかと思うが……善処はしよう」

互いにひらりと手を振って、ヴィンセントは歩き出した。
数歩先で、笑顔のユフィが待っている。

 

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