今夜のセブンスヘブンは仲間内の貸切だ。営業日より人が少ないにもかかわらず、酒場らしからぬ子供の歓声と遠慮というものを知らない男どもの笑い声とで、室内は喧騒に満ちている。
そのカウンター席で、少し離れたボックス席の一つを横目に見ながら、ユフィは唸るように呟いた。
「前からちょっと思ってたんだけどさぁ」
「どうしたの、ユフィ」
カウンター内から応じたティファがユフィの視線を追う。四人掛けのボックス席には各々違う酒のグラスを手にした男三人が座っていたが、見ている間にマリンに引っ張られたクラウドが席を立ち、そこには隣り合って座ったシドとヴィンセントが残された。
シドは早や明らかに酔い始めており、いつもの陽気さに拍車がかかっている。彼はヴィンセントの肩に腕を回し、大声で笑いながらしきりに何やら話しかけていた。対照的にほとんど酔いの見えないヴィンセントの方も、シドを退けるでもなく、マイペースにグラスを傾けながら相槌を打っている。
「見た? ねぇティファ、あの二人距離近すぎない?!」
勢いよく叫んで振り返るユフィに、ティファは目を瞬き、次いで苦笑した。
「やだユフィ、シドに妬いてるの?」
「や、や、妬いてなんか……ううー、だってだってぇ」
ティファに一言で核心を突かれ、ユフィの剣幕はあっという間にしおしおとしぼんでしまった。カウンターの上に力無く頭を抱えたその頰は、アルコールのせいでなく赤く染まっている。
「まぁ、ユフィって独占欲強いものね」
「独占欲ぅ?」
「マテリアとか」
言い返しにくい普段の行いを問われ、ユフィは不服そうに唇を尖らせる。
「ヴィンセントはマテリアじゃないし……」
「でも“あなたのもの”だとは思ってるんでしょ?」
「それはっ……そう、だけど」
ごにょごにょと語尾が消え、ユフィは照れを誤魔化すようにグラスに口をつけた。水の冷たさも、頰の熱を落ち着かせるには足りない。
そう、ヴィンセントは今やれっきとしたユフィの恋人なのだった。山ほどのトラウマを抱えたあの面倒くさい男を落とすために、ユフィは人知れず長い時間と努力を費やしてきたのだ。それが報われたのは、ごく最近のこと。
元々情の深いヴィンセントは、想いを通じ合わせてからは特に、ユフィをさりげなく、しかし公然と特別扱いしてくれることが増えた。あのヴィンセントに最も近しく心を許されているという自負は、その度にユフィの心をぽかぽかと温める。
だが近しい関係となったからこそわかってしまうこともある、と最近ユフィは思うのだ。
カウンターに頬杖を突き、ティファを見上げる。
「ヴィンセントってさ、ちょーっとだけだけど、シドには特に気を許してる……みたいなとこある気がする」
「そうなの? 意外ね」
「えっ意外なの? なんで?」
驚くユフィに、ティファは少し気まずそうに視線を泳がせた。
「ん、んー……クラウドとヴィンセントが話してるのを見るとね、すごくわかりあってるなぁって思うときがあるのよ。だからシドよりもクラウドにそのイメージがあるの、かな」
それはずっとクラウドを見てきたティファならではの観点だった。
確かに、ユフィから見てもクラウドとヴィンセントの会話は、時にやたらと抽象的なまま通じ合っていることがある。恐らく、根幹的な考え方が共通しているがために前提が省かれがちなのだろう。ふむふむとユフィは頷いた。
「アイツらちょっと似てるもんね。でもさぁ、クラウドと話してるときのヴィンセントって人生の先輩ヅラしてるでしょ」
「やだユフィ、笑わせないで」
「思わない?」
「……なくもない、かな?」
ついに堪えきれず笑ってしまったティファは、目線だけでそっとヴィンセントの方を窺った。相変わらずシドに捕まっている様子なのを見て、多少の申し訳なさとともに安堵する。
「アレってたぶん、クラウドが無意識に? そういう役どころを求めてるんだよ。相談相手っていうかさ」
「……確かに、そうかも」
軽い物言いで意外と鋭いところを突いてくるのは、昔からユフィの侮れない点だ。
「じゃあユフィから見たシドとヴィンセントはどんな風なの?」
ティファが当初の話題へ水を向けると、ユフィは一瞬口ごもってからぼそぼそと話し始める。
「……おんなじだけど逆かなって」
「ええ、と?」
「だから、年上の相談相手? ヴィンセントが相談する方」
つまりユフィからは、シドはヴィンセントに頼られているように見えるらしい。ティファにとってはいまいちピンとこないものの、ユフィがそれを羨ましく、妬ましく思うだろう気持ちはわかる。
恋愛ごとに限らず、好ましく思う相手には何かしてあげたい、もしくは頼られたいというタイプであるユフィならなおさらだろう。
「ヴィンセントってあんまり他の人に相談とかしなさそうだけど」
「しないけどシドが勝手に聞き出すの! あのオヤジ、そういうのは上手いんだよな~」
即答され、なるほどとティファは思う。悩みやトラブルを自分一人で抱え込みがちなのはクラウドも持つ傾向だが、恐らくヴィンセントの方がより根が深い。シドは、それがいっぱいいっぱいになる前にうまくガス抜きをさせてやれるということなのだろう。
「ユフィだってそういうの上手じゃない。例えばちょっと落ち込んだ時にすぐ気づいてくれるでしょ。そういうの、やっぱり嬉しいしありがたいもの」
「そ、そう?」
「まあ、相談相手というよりは最初から悩むヒマを与えないって感じもあるけど」
「ってそれ褒めてる? バカにしてない?」
「馬鹿にはしてないわよ」
うふふと笑い、ティファは続ける。
「いいんじゃない、ユフィに振り回されてるくらいの方が。ヴィンセントって一人にしておくと、いつの間にか沈んでいっちゃいそうだもの」
「それそれ。アイツ一人でいるのが好きなわりに、人と接してないとダメになっちゃうんだよね。も〜手がかかるったら」
「あーら。ユフィも、のろけるようになったわね」
「そりゃあ、かっ、彼氏持ちですし?」
ユフィが虚勢とともに胸を張ったとき、ひときわ大きなシドの笑い声が聞こえ、二人は思わずボックス席へと目を移した。
どうやらシドが、ヴィンセントのグラスに酒を注ぎ足そうとしたらしい。だが、ヴィンセントがそのボトルをひょいと奪い取り、逆に容赦なくシドのグラスへと注ぎ込んだ。何やら喚くシドに向かって、ヴィンセントは目を細めて珍しくも挑発的に笑って見せ、何事かを言い返したようだった。
ヴィンセントってあんな普通の笑顔もするんだ、とティファは新鮮な驚きを覚えた。そうして見ると、彼の容貌が恐ろしく整っていることにも改めて気付かされる。
そろりとユフィを窺えば、彼女はぽかんと口を開けたまま硬直していた。愕然という言葉を絵に描いたようなその表情にティファは思わず吹き出してしまい、慌てて口元を隠す。
「な、なんで笑うの!」
慌てて体裁を繕うユフィが可愛くて、ティファはどうにも笑いが収まらない。
「うっふふ、ごめんごめん。ああいうのが羨ましいんだね、ユフィ」
「は~、男同士ってホントずるい。あと彼氏の顔がキレイすぎてツライ……」
ユフィは大仰にため息をつき、べったりとカウンターに顔を伏せた。
仲間という関係の中でシドとヴィンセントが特別に仲が良いのかどうかは、ティファにはわからない。しかしまあ、そもそもヴィンセントは女性に対して紳士的なたちなので、他ならぬユフィに対してああも砕けた――言うなれば、雑な態度を取ることはまずないだろう。
「確かに、私もちょっとびっくりしちゃった。でもねユフィ、ヴィンセントって元々全然笑ったりしなかったじゃない」
「ん? うん」
「今、笑えるようになったのはあなたの功績だと思うわよ」
ユフィは驚いたようにティファを見上げ、頬を染めておろおろと視線を彷徨わせた。そんな反応は少し意外で、ティファはゆっくりと微笑んだ。普段はあれだけ自信家のくせに、自分がどれほど困難な仕事をやり遂げたのかまったく自覚がないのだ、この子は。
「そんな、アタシだけじゃないよ。みんな。いろーんな、みんなのおかげだし、それに」
「あなたの影響が絶対、一番大きいわ。シドも、他のみんなだってそう言うわよ」
「……そうだといいなぁ、とは思ってるけど」
「自信持ちなさい。あなたはヴィンセントにとって一番特別だから”恋人”なのよ」
ティファがちょんと鼻をつつくと、ユフィは真っ赤になって顔を覆ってしまった。
大切な仲間であり友人の、幸せな恋愛話とはなんと楽しいものか。話の内容が内容だけに、こんな可愛い顔をユフィがヴィンセントの前ですることはあまりないだろう。私がヴィンセントに嫉妬されちゃうかな、などと思いつつ、ティファは女同士の時間を存分に楽しんでいた。
「おうティファ、そろそろデザート出してやってくれ――あ? ユフィは一体どうしたんだ」
積み重ねた皿やグラスを手にカウンターへやって来たバレットが、撃沈しているユフィを見つけ訝しむ。
ティファは頷いて、冷蔵庫からチーズケーキの大皿を取り出しながら言った。
「うふふ、シドに嫉妬しちゃったんだって」
「なんだそりゃ」
バレットは首を巡らせ、件のボックス席を見やった。
「あれくらい、イチャついてるうちにも入らねぇだろ」
「はああ何どういう意味?! ヴィンセントのコイビトはアタシなんですけど???」
瞬時に跳ね起きたユフィにとばっちりで詰め寄られ、バレットは失言を悟った。
助けを求めて視線を泳がせると、心得たティファがユフィを片手で引き剥がす。が、正直話の内容にはティファも興味がある。結果として三人は声を潜めつつ、カウンター上に頭を寄せ集めることとなった。
「で?」
「あー……いやほらあいつら割とつるんでるしよ」
「ゴタクはいいの。具体的には?」
「それ聞いてどうすんだよ」
「いいからとっとと吐く。アンタが見たときってどれくらい近かったの」
「マジかよ……」
レベル99の気迫でもってユフィに迫られ、バレットが苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
ちらりとティファに目をやるも、彼女も諦めろと言わんばかりに重々しく頷くだけだ。
「……シドのタバコからそのまま火ぃ移してた」
「シガーキスじゃん!」
ユフィが思わず叫んだ口は予期していたティファにすぐさま塞がれ、かろうじて常識的な音量に収まった。静かに、という二人のジェスチャーにこくこくと頷き、解放される。
手を洗ったティファがチーズケーキを切り分ける作業に戻りながら首を傾げる。
「ヴィンセントって煙草吸うの? 知らなかったわ」
「気分転換とかだろ。たまーにしか見なかったしよ、女子供の前で吸うようなヤツでもねぇし」
「それはそうかも」
「ねぇそれ浮気に入るんじゃ」
「ないわよ」「ねーよ」
「ふえぇ……」
同時に突っ込まれてユフィは再びカウンターに突っ伏した。
「あー、なんだ。オレの言い方が悪かっただけで、アイツら別にお前が心配するようなことねぇって」
「そんなんわかってるよぉ……」
そもそも冗談に過剰反応したユフィが悪いのだ。ヴィンセントの二心を疑っているわけではない。
好きな相手のことを何でも知りたいし、何でもしたい。要はそんな気持ちが盛大に空回りしているだけなのだ。
「アタシもヴィンセントとイチャイチャしたい……」
かろうじてそれを聞き取った二人は思わず顔を見合わせた。バレットは大仰に肩をすくめ、ティファはくすくすと笑う。
「すればいいだろ。今さら誰も止めねぇよ」
「わかった、わかりました。じゃあハイ、これ持ってって」
ティファは手際よくユフィの横に皿を並べた。チーズケーキの皿が一つ、ティラミスの皿が二つだ。
チーズケーキはこの集まりのためにティファが焼いたものだが、ティラミスはセブンスヘブンのランチタイムで提供しているものである。
ティファは仲間たちの食の好みを大方把握している。甘味であればユフィは子供たちと同じようなものを選ぶが、ヴィンセントは大人向けのあまり甘くないものの方が好みなのだ。
「チーズケーキがあなたの分。で、一口交換してって言えば絶対断られないわ。いい? 一口分差し出しながら言うのがポイントよ。あなたも存分にイチャついてきなさい」
真剣な顔でこくこくと頷いたユフィが、三枚の皿を器用に抱えて飛ぶように去っていく。その後ろ姿を見送って、ティファとバレットはどちらからともなく苦笑した。
「お前も苦労人だな」
「そう思うならそろそろクラウドをこっちに戻してちょうだい」
「わかったわかった」
ケーキの大皿と取り皿を手に、バレットがカウンターを離れる。声をかけられたクラウドが立ち上がるのを見、ティファは人数を数えながらコーヒーの準備を始めた。
