セブンスヘブンを辞したヴィンセントとユフィは、静かな夜のエッジを手を繋いで歩いていく。以前に比べ明かりの数はずいぶん増えたが、街の住人はいまだ用心深く、人通りはまばらだ。
「ねぇヴィンセント、たまにシドとタバコ吸ってるってホント?」
「……吸っていた、だな。そんな話をしていたのか?」
シドが話したとは思えなかった。特に隠していたわけでもないが、一体誰から聞いたのだろうとヴィンセントは不思議に思う。
旅の終わり頃には、ヴィンセントはほぼ完全にガリアンビーストを制御できるようになっていた。あの懐かしい煙草を、今はもう必要とすることはない。
「タバコからタバコに火つけるの、シガーキスって言うんだよ。アンタたぶん知らないよね」
「……そうだな。初めて聞いた」
「キスだよ?! アタシというものがありながら! シドと?!」
「わざわざ誤解を招くような表現を使うな。そもそも、旅の間の話だろう」
ユフィが腕にしがみつきながらヴィンセントを見上げる。そのじっとりとした視線は不満そのものだ。
確かにそういう火の付け方をしたこともあった、とヴィンセントは思い返す。単純に折悪く火を切らしただけのことだったので、もちろん他意などない。
つまるところユフィは、彼女が知らなかったヴィンセントの過去の一場面にさえ嫉妬をしている、と自白しているのに等しい。
かわいいものだ、と己の胸中をよぎる思いにヴィンセントは苦笑した。他ならぬユフィが自分のことを特別に気にかけてくれているのだとこうして実感するたび、ヴィンセントは喜びに満たされる心持ちになる。そして同時に、尽きない渇望をも自覚する。
それは、ひどい独占欲だった。この太陽のような娘を自分の腕の中に捕らえていたい。自分だけが愛でていたい。彼女の特別は自分だけであって欲しい。自分以外を知らないで欲しい。
ヴィンセントは自分が“重い”人間であることをよく知っているが、こんなに身勝手な考えを抱くのはそのせいなのか、それとも男であれば皆こんなものなのかという見当がいまだにつかないでいた。だからこそ、この手の感情はよくよく自制すべきだという弁えを決して手放さない。
男の内心を何も知らないユフィは、抱えたヴィンセントの腕を振り回しながら無邪気に要望を口にする。
「アタシも! アタシもしてみたい」
「私はお前に喫煙して欲しくはない」
「まだ子供扱い?」
「違う」
今も子供扱いできたならどんなに楽か。ヴィンセントは悟られないようにため息をつき、足を止めた。空いている方の手をユフィの頬に添えてこちらを向かせ、すばやく身をかがめてその唇を啄む。
「恋人扱いだ」
一瞬きょとんとした彼女は見る間に赤面した。はわわわ、と謎の言葉が洩れる。驚きに見開かれた瞳がきらきらと輝いて、自分だけをいっぱいに映していることにヴィンセントは途方もない満足を覚えた。つんと上向きに軽く開かれた唇と健気に伏せられる睫毛が、もう一度、とヴィンセントを誘う。
「んっ、ん」
だから逆らわず、もう一度口付けた。淡い唇を味わい、熱い口内を舌でなぞって、すぐに離れる。ここは街路であまりにも無防備だ。物足りないと唸る心中の獣を、ヴィンセントは無言で奥底へと押しやった。
「どうだ」
「うん……わかった」
ユフィが幸せそうに浮かべた満面の笑みは、ヴィンセントの忍耐を試すかのように艶めかしい、女の顔だった。その自覚があるのかないのか、彼女は踊り出すような足取りで楽し気にヴィンセントの腕を引く。
「タバコ分の距離、ない方がいいね!」
「……わかってもらえて何よりだ」
