【FF7】キスの功罪 - 2/3

閑話:旅の途中

 

森はやっと静寂を取り戻したようだった。
大量のモンスターの死骸に囲まれた中で、槍を足元に突き立てたシドはおもむろに煙草をくわえ、火をつけた。煙草はシドにとって一つのルーティンだ。深く吸って吐き出せば、戦闘態勢から警戒態勢へ自然と意識が切り替わる。
それほど手強い敵ではなかったが、とにかく数が多かった。森の中という場の不利もあり、射線が通らないことにじれたヴィンセントがガリアンビーストで群れごと燃やしてなぎ倒す暴挙に出ていたほどだ。シド個人としては彼にあまりリミット技を使わせたくはないのだが、あれも使い所を間違えなければ強力な切り札であるのは確かで、この旅のあいだ既に幾度も助けられている。
ぐるりと首を巡らせると、木々の向こうにマントの赤色がある。槍を背負いなおし、がさがさと下草を踏み分けながら近寄れば、身を屈めたヴィンセントが何かを吐くのが見えた。

「大丈夫か、どうした」

リミット技で傷が癒える彼だ、ダメージではあるまい。案の定ヴィンセントはけろりとした様子で、手に持った水筒をシドへと振ってみせた。しかしそのポーカーフェイスの上には珍しく、わかる者にはわかる程度の渋面が浮かんでいる。
シドが詰問の代わりにじっと見つめていると、引くつもりがないのをわかってか、ヴィンセントはいかにも面倒そうにシドから目を逸らしてため息をついた。

「……ガリアンビーストが何か喰い千切ったようでな」

口の中が気持ち悪い、と彼は口元をぬぐいながらぼそぼそと呟く。

「そういうこともあんのか、災難だったな」

努めて何でもないことのようにシドは言い、ゴーグルのベルトに手をやった。

「飴玉でもありゃあ良かったんだが、ほれ」

あるいは女子連中なら持ち歩いているかもしれないが、己の魔獣を忌避する彼のことだ、そもそも彼女たちに知られたい話ではあるまい。シドが代わりに差し出したのは潰れかけた煙草の箱だった。慣れた指先で箱を叩くと、いつものように一本だけがちょんと飛び出る。

「やれねぇわけじゃねぇよな?」
「……昔の話だ」

そう答えながらも、ヴィンセントは水筒をしまった手で煙草を抜き取った。マントの襟を少しずらして薄い唇に紙巻を咥える所作は洗練されていて、こんな場所だというのにまるで映画のワンシーンのようだ。
次いでシドが差し出したライターに、ヴィンセントは無防備に顔を寄せた。重苦しい髪と布で隠されがちなおもてが一瞬の炎に照らされ、その驚くほどに端正な作りが露わとなる。彼は吸った感触が予想より重かったのか一瞬表情を顰め、非難を込めた視線でシドを見やった。

「ちったぁマシか?」
「……ああ、感謝する」
「気にすんな。俺らの方が助けられてんだしな」

笑いながら、すっかり短くなってしまった自分の煙草を器用に揉み消して携帯灰皿に突っ込んだシドは、蓋を閉めたそれもついでにヴィンセントへと放り投げた。

「また欲しくなったらいつでも言えよ」
「喫煙者を増やしたいのか?」
「ははっ、かもなぁ」

仲間内で唯一煙草を吸うシドはしばしば肩身が狭い。だが長年の習慣だ、もはやそう簡単にやめられようはずもない。
シドが手持ち無沙汰に煙草の箱をくるくると回していると、ため息のように紫煙を吐き出したヴィンセントがぼそりと呟いた。

「……制御が出来れば、いいのだがな」

彼の口数は求められた意見を述べるために費やされるのが大半で、こんな風に己の不安を吐露してくることはごく珍しい。何となく面映い気持ちを感じながら、シドは彼の言葉の示すところを真剣に考えた。
自分の身体が自分でないモノに変わり、あまつさえ勝手に力を振るう。ヴィンセントが抱えるその恐怖はシドには想像もつかない類のものだ。施術者の性格と既に過ぎ去った年月から考えれば、その仕組みを解明することももはや不可能に近いだろう。
ヴィンセントはこれからもこの身体と付き合っていくしかないのだ。口惜しいことに、仲間で友人ではあれどどうしたって門外漢のシドには、こうして彼の弱音に付き合ってやるくらいのことしかできない。
せいぜいが、ヴィンセントでは考えもしなさそうなご意見でも吹いて気を紛らわせてやれれば御の字というところだ。

「あー、思い付きだから聞き流してくれていいんだけどよ」
「なんだ」
「お前、変身すると身体の作りがすっかり変わってパーツが増えたりもしてるわけだろ。それをお前の――人間の意識で満足に動かすのは難しい、って考え方はどうだ。だから、魔獣の身体は魔獣の意識が動かしてる。要するになんつーか、操縦方法が全然違ってて、お前はまだ人間の免許しか持ってない」

おかしな例えになった気もしたが、ヴィンセントは意表を突かれたように目を見開きぱちりと瞬いた。なかなかレアな顔だなと得した気分になって、シドはにやりと笑う。

「ガリアンビーストの時でもお前、ちゃんと敵と味方の識別はしてるぜ。そこにお前の意向が通ってるってことは、ガリアンよりお前の方が上の立場なんだろう。前例もマニュアルもねぇから厄介だろうが、試行回数増やして慣れで操縦方法解明するつもりでいけばそのうちなんとかならねぇもんかな」
「…………」
「……気楽すぎるか?」
「そんな風に、考えたことはなかった」

そう言うとヴィンセントは少し慌てたように、灰皿へと長くなった灰を落とした。
しばしの間のあと何か口を開きかけたようだったが、ちょうどそのとき、遠くから仲間の名を呼ぶ野太い声が二人の間に割り込んできた。バレットだ。

「お呼びだぜ」
「ああ」

身を起こしたシドに、ヴィンセントは携帯灰皿を投げて返した。どちらからともなく連れ立って歩き出す。
道なき森の中でさえ彼がほとんど音も立てないことにシドは気づいた。それが恐らく、魔獣を宿す身体の性能ではなく、本人が身につけた技量の結果だということにも。
シドが思うに、ヴィンセントがやたらと人間離れして見えるのは魔獣のせいでなく、そういったところが原因なのだ。ほぼ左右対称の顔の造作だとか、常に冷静で状況の把握がすさまじく速い性質、銃どころか石を投げてすら彼は狙いを外さないし、その気になれば足音も気配もなく動く。そういった彼の――あまりに人間らしからぬ、人間の部分が。
ヴィンセントはどうしてか、平穏の中に居ると異質に見えてしまう。彼がタークスだった頃をシドは知らないが、性質的にああいう仕事は“向いていた”のだろう。ただ性格的には合わなかっただろうな、とも思う。本来彼は穏やかな男で、血で血を洗う闘争なんてものを求めてはいないのだから。
本当に、難儀に生まれついた男だ。

「シド」
「お?」
「ありがとう」
「……おう、せいぜい頼りやがれ」

突然のそれが何に対する礼なのかはいまいちわかりかねたが、シドは笑って、友人の肩を叩いた。

 

 

それからの旅の間、シドの煙草の箱はしばしばヴィンセントへ向けて放り投げられた。時にはヴィンセントが、他の仲間へは向けられないだろう雑な気安さをもってシドから巻き上げることもあった。
決まって乱戦の後だったそのひそやかな行為は、時に誰かの目に留まったとしてもその真意を明かされることはないまま――やがて回数を減らし、旅の終わりと共に静かに役目を終えたのだった。

 

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