「お前、今日はどっち側から来たんだ?」
「ニブルヘイムだ」
「山越えて来たのかよ……。どうだった」
「特におかしな点は見受けられなかった。ニブル山はエサとなりそうな資源には乏しいからか」
「とは言え、世の中には何喰ってんのかわかんねえモンスターってのも多いしなぁ」
メテオをホーリーが防いで以降、地を這ったライフストリームの影響か、枯れかかっていた大地そのものは徐々にだが回復傾向にある。だがそれと同時に、原因不明のモンスターの大量発生が報告されることが増えており、その解明はWROでも急務とされていた。
組織に属してはいないヴィンセントがふらふらと世界を歩き回りながら、時に頼まれてもいない報告書をリーブの元へ送りつけていることをシドは知っていた。万年人手不足のWROが、そのおかげで辺境の事情に精通していられることも。
「特定の一種類だけが突然増えるんだってな。自然界ではたまにある現象だって言われてっけど、何の要因もなく世界のあちこちで同時多発、っつーのはやっぱ変だろ」
「要因はある、のだろうな。我々には見えていないだけで」
「バタフライエフェクトか。大事になる前に糸口でもつかめりゃいいんだが。おめぇも出歩くときは十分気をつけろよ」
シドは削り終わった板を揃え、伸びをした。作業台に腰を屈めていたせいでぱきぱきと骨が鳴る。
小型の掃除機であたりに飛び散った木屑を集め、ついでにすごい音を立てながら自分の服も吸う。手慣れた様子で掃除機を開けると、中身をザッとゴミ袋に捨てた。
「あんたそういうこともするんだな」
「そういうことって?」
「……木工?」
「DIYとか言えねえのかよ」
言葉を探して首を傾げるヴィンセントに、シドは笑って言い返した。
「別に最近始めたってわけでもねえんだぜ。ヒマができてきたから再開したっつーか、まあそれに季節がいいからな。今日なんて、外作業にはもってこいの日和だろ」
「そうだな」
空は青く晴れ渡り、乾いた風が吹き抜ける。日陰にいれば暑くも寒くもなく過ごしやすい、そんな最上の天気に今日は恵まれていた。作業日和だとシドは言うが、むしろハンモックでのんびりするのに向いた日だ。
「……あんたは働き者だな」
「お前が言うかぁ?」
そう返して、気ままな旅を装いその実報酬も求めずに危険な調査任務へ従事しているとしか思えない友人を、シドは見やった。
マントもガントレットもない、つまり滅多にない軽装のヴィンセントはシドが作ったハンモックにぐったりと身を預け、足を投げ出している。まあくつろいでいる、と言えなくもないだろう。くつろぎ慣れていないのがまるわかりだが。
シドは手の木屑を払いながら近寄ると、木枠に引掛けてあったカラフルなひざ掛けを取って彼の腹の上に放り投げた。ついでに自分が読みっぱなしにしていた雑誌を数冊、拾い上げてひざ掛けの上に置く。彼が好みそうな小説でもあれば良かったのだが。
「あっちのあれ今から切るけど、うるさいか?」
「今さらだな。私は気にしない」
「だろうと思った」
テーブルに置かれた飲みかけのグラスを一口勝手に呷って、シドは作業台の方へと戻っていった。
ヴィンセントは肌触りのいいひざ掛けの上で、存在も知らなかった飛行機の専門誌というものをめくる。語られている内容はもちろんさっぱりわからないが、洗練された構図のカラー写真と解説は、知らないなりにもなかなか楽しめた。
思えば世の中には銃の専門誌だってあったのだ。若い頃はよく買っていたのにもう名前も出てこないその雑誌を、ヴィンセントは懐かしく思い出した。今も刊行されているのだろうか?
ふわりと漂う、堪らなく美味そうな匂いに気付きシドは作業の手を止めた。
ぱきぱきと骨を鳴らしながら背筋を伸ばす。射しこむ陽光は既に傾いていた。この時期の日暮れは早い。日没が来る前に片付けまで終えてしまわなければならない。
くるりと振り返り、シドは思わず破顔する。
ハンモックの中で、クッションに頭を預けたヴィンセントがぐっすり眠っていたからだ。
出会った時からヴィンセントは、魘されている間を除けば、息をしているのか不安になるほど静かに眠る男だった。そのせいでシドは、目を閉じたヴィンセントを見るとまず呼吸を確認する癖がついてしまったほどだ。
整った冷たい美貌は、目を閉じると若干その剣呑さが減る。魘されていなければなおさらで、安らかな寝顔は普段の迫力ある無表情からすれば十分あどけないとも言えた。
シドは数秒悩み、そっと勝手口から家の中に入った。さらに数秒後、そっと出てきた彼の手には携帯端末が握られている。
カメラモードから抜け目なくシャッター音とフラッシュを消し、慎重に構えて――一枚。
珍しくも幸いなことに、ヴィンセントは目覚めなかった。シドはいそいそとそれを保存すると、携帯をポケットにしまい込み、何事もなかったかのように上機嫌で作業を再開した。
キリのいいところまでやって片付けてから、いや、何なら夕食ができてからでもいい。ヴィンセントを起こすのはそれからでも、遅くない。
