【逆行物】短編集 - 4/5

アルファにしてオメガ

 

『そもそも“私“は、オメガの対などではない』

上も下もない真っ白な空間で、己と同じ顔をした男はそう言った。

『古代種は星から我々の意義を聞き取り、それに近い単語で名を当てた。彼らの口伝がほとんど失われてしまったいま、推論ばかりとなるのは仕方がないこととは言え、オメガの対がカオスではいささか妙だと思わんか。本来オメガ終わりの対はアルファ始まり――星そのものだ』

短く切られた黒髪と、タークスの証たる黒のスーツ。爛々と輝くその金色の瞳以外はいつかの過去とまったく同じ姿で、カオスは宙に足を組んで座り、講義を行う教授のように滔々と説く。
これは夢だとわかっていた。ヴィンセントがかつて“ヴィンセント・ヴァレンタイン”だった頃、その内にあったカオスはごく稀に、こうして夢という無意識を介し囁きかけてくることがあった。
人間の内に封じられたことで言葉を解する権能を得たのだとうそぶくこのハイウェポンは、時にヴィンセントとの会話を楽しむようなそぶりすら見せていたものだ。もっとも、そこに感情と呼べるものはそもそも何も存在していないことを、ヴィンセントは知っていた。それもまた、他ならぬカオス自身から聞かされたことだ。

『意思を確立すると同時に、最期を託すための道具を生み出す。それは自発的な移動力をもたない星という種の本能だ。最初に創られたウェポンであるオメガは、最後に目覚めるウェポンでもある』

ヴィンセントはただただその姿を見、言葉を聞き続けていた。かつての夢においてはもっと対話らしい姿を成せていた気がするのだが、今はその夢の記憶を再生しているにすぎないせいか、自分という意識は形もなく白い空間を揺蕩っている。

『我々ウェポンは役割に違いこそあれ、みな星の上に置かれた道具にすぎん。だがオメガだけは違う。宇宙を渡る権能を持つのはあれだけだ。箱舟として飛び立ち、新たな星に命を種蒔き、消える。”オメガにしてアルファ”となり、星という種を、そうして繋げていくのだ』

 

 

だがある時自らの元へとやって来た外の命――今ではジェノバと呼ばれるそれに、星は(人の尺度で表現するならば)大きな衝撃を受けた。
ジェノバは寄生生命だった。自らの形を変えて相手と同化し、やがて全てを支配する。そういった形に生まれついた生命だった。
星は自らに成り代わろうとするジェノバを、古代種の協力をもって封じた。細胞単位でのリユニオンを可能とするジェノバは、古代種たちがほぼ滅びるほどの被害と引き換えにしてすら、滅ぼしきれなかったのだ。
そして星は考えた。自らの行く末たる、オメガのことを。
新たな星の種子となるべく送り出されるオメガもまた、他の星にとってはジェノバに等しいものなのではないか、と。
そうして新たなウェポン、カオスが生み出されたのだ。
カオスはオメガが飛び立つに際し、星に残るすべての生命を狩り集める狩人だ。その上で淀みを選別して引き受ける、フィルター役でもあった。オメガに載るは意志なく清き純粋なエネルギーのみとなり、決してジェノバの轍を踏まぬように。

 

 

『ヴィンセント・ヴァレンタイン。お前は自分のことをどれほど知っている?』

長き星の話を語り終えた、人ならぬ金色の瞳がゆるりと弧を描き、問うた。

『オメガの顕現によって滅びるはずだった生命は、オメガを打ち倒すことで生き延びた。本来ならば到底不可能なことだ。オメガを墜とすことができる力はただひとつ、オメガに従うべきカオスが持つ、”生命を狩る”という権能だ』

オメガもまたウェポンというひとつの生命である以上、星が定めたその権能からは逃れられない。本来オメガに従うべきカオスの力がオメガへと向けられたことで、ヴィンセントが知る[u]-εγλ 0010のあの日、世界は奇跡的に生き延びた。

『そのようなイレギュラーが為されたのは、一体なぜだ?』

オメガと共に目覚めるはずのカオスの力が、既にヴィンセント・ヴァレンタインという一介の人間の身に宿されていたからだ。それは忌まわしきジェノバとの戦いを経たがゆえに、オメガが目覚めた時には人間の意志の元に振るわれる力となっていた。
言い換えればその奇跡は、人間が星のためにジェノバを駆逐したことで、星によって許された結末だとも言えた。そうしてオメガの残骸とともに、カオスもまた星へと還った。まるで最初からそのために用意されていた舞台装置が、無事に役目を終えたかのように。

『ヴィンセント・ヴァレンタイン。お前は自分の死を覚えているか?』

――そして、カオスの生命力によって生き永らえていたはずの人間の器ヴィンセント・ヴァレンタインは。

 

 

『お前が”以前”と呼ぶ世界で、お前は一体どれほど生きた?』

 

***

 

ヴィンセントは目を覚ました。
既に見慣れたブルーグレーの天井は、セフィロスのマンションのゲストルームだ。遮光カーテンの端は明るい。どうやら普段よりも幾分早い時間らしいと見当をつける。
もぞりと、ヴィンセントはベッドの上に身を起こした。身体は重い。まるで思い出せない夢の残滓に、手足を絡めとられてでもいるかのように。

(夢を……見ていた、か?)

”以前”ほどではないにしろ、今のヴィンセントもさほど夢見が良い方ではない。だが内容を覚えていないそれを悪夢と表現するのも、何か違うような気がした。
追うまでもなく、指の間から零れ落ちる砂のごとく消え去っていくそれを、ヴィンセントは諦めて頭から振り払った。誰にとっても夢とはそういうものであるはずだ。さして珍しいことではない。
ベッドサイドのスリッパをはき、ヴィンセントは立ち上がった。カーテンを開けると、林立するビルの隙間を夜明けの陽光がじわじわと侵食するように伸びていくのが見えた。人工の大地を這う薄いスモッグが、この時だけは光を受けて神秘的に輝いている。

その光景を眺めながら、ヴィンセントは両腕を頭上に伸ばし、深呼吸をした。
今日もまた、ミッドガルの一日が始まる。

 

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