【FF7】過日のクリームソーダ - 1/3

 

「ああヴィンセントさん、艇長から”たまには寄れ”って伝言だぜ」

釣りのギル硬貨を手渡しながら、武器屋の主人はにこやかにそう言った。
艇長、それはつまりシド・ハイウインドのことだ。
世界中を文字通り飛びまわっている彼とは、ヴィンセントの印象では今やここよりもエッジで会うことの方が多い。だが、その本拠地は今も変わらずこの村だ。

「今はここに居るのか?」
「おお、今週いっぱいはそのはずだ。昨日酒場で盛り上がったばっかだから間違いねぇぜ」
「それは災難だったな」

ヴィンセントの珍しい軽口に、店主は笑う。酔ったシドにヴィンセントが絡まれている光景は、セブンスヘブンだけでなくここ、ロケット村の上海亭でもそれなりに見られるものなのだ。
また来てくれよ、という店主の声を背に武器屋を後にしたヴィンセントは、いくらか迷った末に仕方なくシドの家の方へと足を向けた。折悪く、今は急ぐ事情もない。それに根拠はないがなんとなく、ここで素通りすると後が面倒になりそうな予感があった。

 

 

ヴィンセントはドアの前でノックをしかけ、止めた。先程から機械の作業音が聞こえているのだが、どうやら家の中ではなく、外のようだったからだ。勝手知ったるなんとやらで裏庭かと見当をつけ、ぐるりと家を回る。はたしてシドはそこにいた。
かつてタイニーブロンコが置いてあった裏庭で、シドは大きな作業台に工作機械を広げて真剣な顔で木の板を削っていた。傍らには分解され、塗装を剥がされたチェストが置いてある。
手先が器用なのは知っていたが家具を作り直すようなことまでするのか、とヴィンセントが感心しながら眺めていると、やがてシドはその一枚を削り終えたらしく、機械を止めて木屑を払った。

「シド」
「うお、ヴィンセントか! 久しぶりだなオイ!」

弾かれたように振り返ったシドは、ヴィンセントの姿を認めて笑顔になる。

「弾丸の補給のついでだ」
「んなこったろうと思ったぜ。やっぱ武器屋に伝言しといたのは正解だったな」

したり顔でシドは笑う。

「急いではねぇんだろ? 茶でも飲んでいけよ。おいシエラ! ヴィンセントが来たぞ!」
「シド」

遠慮のない大声を咎めるヴィンセントに、シドは顔を顰める。

「おめぇ前に来たのいつだと思ってんだ。あいつにも顔ぐらい見せとけ」
「だが私は」

言い合っている間に家の中からぱたぱたと足音がして、勝手口から眼鏡の女性が顔を覗かせた。シドの妻、シエラだ。

「ヴィンセント! いらっしゃい。お元気そうで良かったわ」

おっとりと笑った彼女が、客人の上から下までに視線をやって”お元気そう”なのを確かめたことにヴィンセントは気付く。どうやらシドの言う通り、ヴィンセントはかなりの不義理をしていたようだ。

「……そんなに久しぶり、か?」
「そうですよ! シドにはエッジで会っているかもしれませんけどね?」
「……そちらも、変わりなさそうで何よりだ」

ヴィンセントは適わないと言わんばかりに表情を緩めた。シドには会っていたことも事実なので、ろくに言い返せない。

「泊まっていかれるでしょう? 良かったわ、じゃあお夕飯はシチューにしようかしら」
「いや、シエラ」
「あなたが褒めて下さった、すね肉のブラウンシチューよ?」

笑顔で見上げてくるシエラの瞳にあるのは、相手をもてなそうという純然たる厚意だけだ。
うろたえるヴィンセントに、いつの間にか近寄ってきたシドがその肩を叩く。

「諦めろ。あの美味いシチューがかかっちゃあ、俺様もお前を逃がすわけにいかねぇ」

肩に回されたシドの手に力が籠められる。ヴィンセントは思わず瞑目し、ため息をついた。
今日の旅程は諦めざるをえないようだ。
脳裏にいくらでも浮かぶ断りの文句をきれいさっぱり破り捨て、目を開けて、代わりに苦笑を浮かべる。

「……突然来てすまない。世話になる」
「ええ! くつろいでいってね」

ヴィンセントの返答を受け、シエラは心から嬉しそうに、輝く笑顔を見せた。

 

「なんだろうな、押しが強ぇってわけでもないんだけどよ」
「……わからんが、断れん」
「だァな。珍しい顔してたぞお前」

くっくっと笑いながらシドは裏庭の一角を指した。

「それ座ってな。最近作ったんだぜ。あー、マントは外した方がいいだろな。首がしまるぞ」

シドが指さしたのは、木の枠組みにロープでできた網をぶら下げた家具――ハンモックチェアだった。物珍しさに、ヴィンセントは思わずロープを引っぱって強度を確かめる。それなりに頑丈そうなつくりだ。ぶらぶらしているだけに見た目は頼りないが、シドが乗っても平気なだけの強度はあるのだろう。
ヴィンセントが素直にマントを外すのを、シドはじっと眺めていた。ハンモックは乗りあがるのにコツがいるのだが、ヴィンセントはバランスを崩すこともなく、器用に網の中へ身体を収めることに成功していた。ただ位置は一発では決まらず、はみ出た長い脚を若干バタつかせたり、網をひっぱって身体の位置を調整している姿が珍しすぎて面白い。作業中だったために手元に携帯がないのが残念だった。

「ガントレットも外せ。切れそうで怖ぇ」
「ああ、すまん」

ヴィンセントは言われるままに金属の籠手を外し、すぐそばのテーブルに置いた。
盆を手にしたシエラがぱたぱたとやってきて、ヴィンセントを見て微笑む。

「あら! 落っこちなかったのね、さすがねぇ」

言いながら、彼女はガントレットが乗るテーブルに盆からグラスを置いた。ヴィンセントは一瞬驚きに目を見開く。大きなグラスの中身は透き通るエメラルドグリーンの炭酸飲料だったのだ。径に見合うサイズのバニラアイスが乗っており、ストローと長いスプーンが刺さっている。

「お、いいな。俺様にもくれよ」
「これはハンモック専用なの」
「ちぇー」

ヴィンセントが真顔でグラスを凝視しているのを気にもとめず、シエラは室内へと戻っていった。
答えを求めるような視線を寄越され、シドは吹き出す。

「そこまで珍しいもんでもねぇだろ」
「家で出てくるものではないと思う」
「ウチじゃあ出るんだよ」

イイだろ、とシドがウィンクを飛ばしてやると、ヴィンセントはなんだか途方に暮れたような雰囲気で目を瞬いた。
さっきからペースを崩されっぱなしなのが気に入らない――いや、納得いかないのだろう。シドとしても、シエラがヴィンセントに対してこれほど効果覿面だとは知らなかった。人の相性とはわからないものだ。
もぞもぞと身体を動かしていたヴィンセントはやっと位置を定めたようだった。若干横向きに、座るというより寝るに近い体勢だ。クッションには頭を預けるタイプらしい。恐らく本人的には相当だらけた格好になってしまったのだろう、妙に不服そうな顔をしている割に、居心地は悪くないらしく、投げ出された手足はもう動きたくないとでもいわんばかりだ。
シドがずっと面白そうに眺めているのに気付かないはずもなく、ヴィンセントはグラスに手に伸ばしながらちらりと男を睨め上げた。

「撮るなよ」
「残念」

シドは肩をすくめて見せる。

 

気を抜いた姿のヴィンセントを見るのが、シドは楽しくて仕方がない。例えば他人に懐かない猫が自分にだけは甘えてくるような、仄かな優越感にも似たものすら感じる。
すっかり落ち着いた風で優雅にスプーンをくわえたヴィンセントは、シドの裏庭を興味深げに見回していた。作業の続きに戻るべくシドが機械に向かって新たな板を取り上げた、その背中に視線が注がれる。
ヴィンセントはその冷めた顔とは裏腹に、他人の作業風景を興味深く見守ることができるタイプだ。仲間内ではシドやティファもこれにあたるが、その内情は未知への好奇心と、時に手助けを厭わないおせっかいの性質だ。
そう、彼は意外にも好奇心が強い。シドやユフィとつるんでいられるのはそのためだろう。ヴィンセントがきっちり自制している好奇心を、シドやユフィは抑えられない。よってヴィンセントはそれに付き合うことで、自制を崩すことなく好奇心を満たすことができる。
ヴィンセントは非常に腰が重い自覚があり、新しい物事にそうそう手は出さない。そういう点でも手が早くチャレンジ精神旺盛な二人とは、やはり合わないようで合っているのだろう。

 

シドは木屑をまき散らしながら順調に板の表面を削っていく。ときおり身体を曲げて視点を変え、削り残しがないか確かめたりする。ヴィンセントはその工程をぼんやりと、しかし熱心に眺めていた。人の手が何かを作り出す光景を、彼は自覚せずとも好んでいた。
シドの本職は間違いなくパイロットだ。天職と言ってもいい。その次に、彼はエンジニアだった。ヴィンセントが口に出したことはなくとも心の底から尊敬する、何かを創り出す者たちの一人だ。
世間では英雄だとか言われる槍使いの力は、ヴィンセントにとっては二の次だった。おそらくシド本人にとってもそうだろう。必要上で極めたただの手段に過ぎない。もっとも、”必要上で極める”なんてことができるからこその英雄なのだろうが。
シドはヴィンセントのような、殺したり壊したりしかできない人間とは根本的に違う。
ヴィンセントは後にも先にもガンナーだ。相手を殺すために産み出された銃という武器を、誰よりも上手く扱えるだけ。その他にはなにもない。争いをなくすために一時は尽力したとしても、結局争いがなければ生きていけない、矛盾をはらむ人間だった。
それでも。シドや仲間たちが光の当たるところからこうして手を差し伸べ受け入れてくれるから。ヴィンセントのような者にもしばし陽光の元で休息する機会が許される。
だから。
ぱちぱちとノスタルジックに弾ける甘い炭酸飲料を飲み込みながら、ヴィンセントは思う。
だから、苦手だ。いつか失くすものを、いつか与えられなくなるものを思い起こさせる。
こんな安らいだ時間が、ヴィンセントはどうにも苦手だった。

 

送信中です