23.クリスマスのごちそう
ユフィ・キサラギは悩んでいた。
何にかって? もちろん、来たるクリスマスの夕食を何にするか、である。
外食の案も出されたのだが、ユフィは熟考の末にそれを断った。素敵なレストランでのディナーに憧れがあるのは確かだが、以前のミッドガルならともかく、今のエッジにそういう路線の店舗は数少ない。あとぶっちゃけ着る服にも悩むし、たぶんどうせ同じ部屋に帰ってくることになるのだ。それならもう、最初から部屋で心置きなくくつろいでいた方が、人混みが苦手なヴィンセントのためにもなるだろう。
ま、ヴィンセントの盛装はWRO主催の仕事納め的な立食パーティで見られるはずだ。楽しみだなぁとユフィの顔が緩む。ちなみにユフィは自前の着物を着るつもりだ。振袖ほど華やかなものではないが、ヴィンセントの隣に立つことを考えればそういったしっとりとした雰囲気の方が合うに違いない。何としても彼の隣は譲りたくない。公表とかそういうのはさておき、いい機会なので自分たちの関係をアピっておきたいという気持ちももちろんある。今のところまだ独身のヴィンセントはやっぱりそれなりに狙われがちなので。
いつの間にか論点がずれていた。ユフィは頭を振って思考を元に戻す。
ヴィンセントの食事の嗜好というものはまあまあ謎に包まれている。なぜなら彼は、好きなもの嫌いなもの、美味しいもの不味いもののどれを口にしても、さして反応が変わらない。一度なんて、エアリスが盛大に失敗して放り出されていた煮込みを一人で黙々と食べきっていたことがある。
あの頃食事中は常に騒がしく、あまりにも静かなヴィンセントが何を食べているかなんて誰も気にかけていなかった。処分するつもりだった煮込みがほとんどなくなっていることに気づいたエアリスは悲鳴を上げたし、味をみた他の仲間はヴィンセントに果たして味覚があるのかを疑っていた。当のヴィンセントは最初から最後まで表情を変えることなく、食べ物を無駄にはしたくないなどと言っていた。ヴィンセントの感情表現に慣れた今ならわかるが、恐らく本当にそれだけの理由で、彼はあのヤバイ料理――のようなものを食べきったのだ。
まさか日々の食事でまで自分のことを二の次にできるとは。
あの頃のユフィはそんなヴィンセントの性格をまだ掴み切れていなかった。そのせいでユフィは数年に渡って、知らなかったとはいえ甘党のヴィンセントから甘味を巻き上げ続けていたという痛恨のミスを犯している。しかも自分ではそれを善行だと信じていたのだ。まさに若さゆえの過ちだ。あの事件のことを思うとユフィは今でも自分の間抜けさ欲深さに叫び出したくなる。
罪滅ぼしというわけじゃないが、それがあってからユフィは心に決めたのだ。自分が近くにいるときはなるべく、ヴィンセントには美味しいものを食べさせようと。こうして傍に居る関係になってからは、それはユフィの密かな誓いとなった。皆に意外だと言われ続けるこの料理の腕前が彼のためにずっと磨かれていたものであることを、ヴィンセントは知らない。
ヴィンセントは味がわからないわけではない。食事に興味がないわけでもない。ただなぜか、自分で自分の好みを把握できていないのだ。それに加えて自分の味覚をあまり信用していなさそうなそぶりもある。一体どんな育ち方をしたらこうなるのか、ユフィは本当に不思議でならない。
ユフィは、今ではヴィンセント本人よりもその食の好みに詳しい。だがその観察力をもってしても、彼の好きなメニューをはっきりとは名指しできないでいる。ユフィにわかるのは例えば濃い味付けより薄味が好みだとか、辛いものは積極的には取りに行かない、冷菜よりは温かいものがいいらしいとか、そういうパラメータの寄り方に過ぎないのだ。ヴィンセントは特定のメニューで目を輝かせるといったわかりやすい反応をしてくれたことがない。ティファのグラタンが出てきたら必ず独り占めしようとして騒ぎを起こすクラウドをちょっとくらい見習ってほしい。
「そうだグラタンにしよう」
ユフィに天啓が舞い降りた。
グラタンにしよう。とろりとして熱々、コクがあるのにしつこくない絶品ホワイトソースと、香ばしい焦げ目と塩気のあるチーズのハーモニー。仲間たちもみんな大好きなティファのグラタン、そのレシピをユフィは既に教わっている。具材によって印象が変わる料理だが、ブロッコリーでも入れておけば見た目も何となくクリスマスっぽい気がする。
グラタンにしよう。シンプルに鶏とマカロニとブロッコリーの。寒い夜にぴったりだし、ヴィンセントの好みにも合うはずだ。あの味をクラウドの鬱陶しい好物アピール抜きに好きなだけ食べられるとなれば、ユフィの株は爆上がりに違いない。
最近、ヴィンセントはやっと「うまい」と感想をもらすようになった。長い道のりだった。ユフィの次なる目標はヴィンセントに「好きな食べ物」を作ることだ。そして最終的には「あれが食べたい」と言わせたいし、むしろ人生はそこからが本番だろう。
ヴィンセントの人生に少しでも喜びを増やすべく、ユフィは常に奮闘している。
今はそれこそが、ユフィの人生の喜びなのだった。
