22.こたつ
こたつとやらを設置するために決行されたユフィの部屋の模様替えは、ヴィンセントが思っていたよりも随分と大掛かりなものだった。
リビングのソファとテーブルを他の部屋へ移動させ、空いた床に大きな箱のような家具を設置する。箱の表面にウータイの畳が張られているのを見、ヴィンセントはそれが高さを一段上げた床――スキップフロアのようなものだと見当をつけた。畳は大抵、そのまま腰を下ろせる場所にしか用いられないからだ。
指示されるままに箱を四角く並べると、中央部に穴が開いた形になった。そこに専用なのだろう穴の開いたラグを敷き、嵌め込むようにテーブルの骨組みを置く。その上から布団をかぶせ、重いテーブル板を載せる。
「これは掘りごたつっていうタイプなんだよ」
ユフィの説明に、なるほどとヴィンセントは頷いた。
こたつとは本来畳の床にそのまま設置する家具なのだろうが、床を一段上げることで、椅子に座るような形で入れるようにしてあるのだ。ヴィンセントのような、床に座る習慣がない文化圏の出身者にもこれならば使いやすいだろう。
「こーゆーのがあるのは知ってたんだけど、小上がり――この畳の箱の部分までフルセットで売ってるのは初めて見たからさあ」
心底嬉しそうにユフィは言うと、ぽいぽいとスリッパを脱ぎ捨ててさっそく布団の中へ下半身を突っ込んだ。スイッチを入れると、掘りごたつであるぶん広めの空間にほわりと微かな熱が生まれるのがわかる。
「ヴィンセント! ヴィンセントも入りなよ!」
「これを片付けるのが先だ」
立ったままのヴィンセントは、こたつの部品やら何やらが入っていた段ボールの山を念入りに折り畳んでいる最中だ。畳の箱が入っていた分は既に一度捨てに行ったのだが、それでもかなりの量がある。空箱でこれだ。まだ中身が入っていた時は、引っ越しするのかと思うような大荷物だった。
「ちょっとだけでもぉ」
じわじわと温かくなってきたこたつの魔力に早や絡めとられつつあるユフィの姿に、ヴィンセントは苦笑する。
「入ったら出られないという話は本当のようだな」
「ううー」
ただ仕方のない部分もある。家具を入れ替えたり組み立てたりしている間、換気のために窓もドアも開けていたのでエアコンはほとんど効いていなかったのだ。作業中はユフィも気合が入っていたのだが、一応の完成を見たことで気が抜けてしまったのだろう。冷え切った身体に一度気付いてしまえば、暖房器具からは離れがたいに違いない。ユフィは元々寒さが苦手な方だ。
「すぐに終わる。お前はそこでいい子にしていろ」
「あー、ごめぇん……」
「気にするな」
ヴィンセントは手際良く縛り終えた段ボールを両手と小脇に抱えると、ユフィの部屋を後にした。
「戻った」
「おかえりぃ、遅かったね?」
ぬくぬくとこたつを享受するユフィの前に、ヴィンセントが置いたのはコンビニの袋だ。ユフィが目を輝かせて中を覗きこむ。
「わ、ロールケーキ!」
「労働の後だ、構わんだろう」
「食べる食べる! ありがと〜!」
「カフェオレでいいのか?」
「うん!」
キッチンへ引っ込んだヴィンセントが飲み物を用意してくれている間に、ユフィは袋からロールケーキを取り出した。厚めの一切れが個包装されたそれは、甘すぎないミルク風味のクリームがユフィお気に入りの商品だ。
こたつに座り直してそわそわしながら待っていると、揃いのマグカップを手にヴィンセントが戻ってくる。彼は先にカップをこたつに置くと、一旦小上がりに腰掛けてからスリッパを脱ぎ、膝で歩くようにしてユフィの隣の一辺までにじり寄ってきた。
「なんかヴィンセントのそーゆー動き、珍しい」
ユフィが何気なくそう言うと、布団を持ち上げて長い脚を滑り込ませたヴィンセントが片眉を上げる。
「大丈夫だとは思うが、天井が近いから何となくな」
「あ、あー。背が高いとそうなるんだ。考えたことなかった」
床を上げれば天井が近くなるのは道理だが、ユフィの身長では考えもしない問題だった。
「あ」
「何だ」
ヴィンセントが首を傾げる。それに構わず、ユフィはこたつの中でヴィンセントの足を探った。
「わ、冷たっ」
「仕方ないだろう」
「じゃなくて、あー、もしかして狭い?」
当然ながら冷え冷えのヴィンセントの足を、思わず自分の足で挟みこんで温めながらユフィは問いかけた。ヴィンセントはユフィよりも長身で、当然ながら脚も長い。掘りごたつ程度のスペースでは足りないかもしれないと、今になって思ったのだ。
ヴィンセントは問いの内容を吟味するかのように、こたつの中で脚を動かした。動かそうとした。
「……座った状態でこれだけあれば充分だと思う。が」
「が?」
はらはらと心配そうに覗き込んでくるユフィには悪いと思いながらも、ヴィンセントは多少の悪戯心を込め、彼女の脚を色めいた仕草でするりと撫でる。
「ひゃっ」
「別の意味で良からぬのは確かだな」
「バカ!」
ユフィは顔を赤くしてこたつの端へと逃げた。ヴィンセントがくすくすと笑う。さして広くはないこたつの中で、ヴィンセントの長い脚が届かないスペースなどない。これは今後にちょっとした危機感だ。
「もー! こたつではそういうの禁止!」
「わかったわかった」
騒ぐユフィを軽くあしらいつつ、ヴィンセントはすっかり忘れ去られていた二つのマグカップを引き寄せた。
