20.寒
「コタツが欲しい。ていうか必要」
「コタツ……?」
ユフィが時折口にする謎の単語は、大抵の場合ウータイ語だ。そうでなければ流行に関する略語である。
今回はどちらだろうかとヴィンセントは思った。たった三文字の響きからはどちらとも取れたからだ。
「コタツっていうのはねぇ、ウータイの暖房器具だよ。低いテーブルに布団をかぶせて、その中を暖める仕組みなの。んでそこに足を突っ込む」
手ぶりを交えながら説明するユフィの顔は真剣だ。ヴィンセントからすればこの部屋は十分に暖房が効いているのだが、ユフィはそれほどエッジの寒さに耐えかねているのだろうか。
「ウータイのアタシんちにもあるんだけど、アンタ冬には来たことないもんね」
ヴィンセントは頷いた。
「コタツはいいぞ~。魔性の暖房器具だよ。一度入ればもうとりこ、トイレに行きたくても出られないってくらい」
「それでは困るだろう」
「んっふふ」
ヴィンセントの渋い顔を予想していたのだろう、ユフィは楽しげに笑う。彼女はヴィンセントの表情が少し変わるだけでも楽しいのだ。
それに、とヴィンセントは続けた。
「この辺りでは見たことがないな」
「それがさあ、見つけたんだよね!」
「ほう?」
「こないだ探検してたら、怪しげな漢字の看板を山ほど掲げてる道具屋があって」
「?!」
「こりゃヤバイやつかと思ってそろーっと覗いたら、店主のオジサンが漢字にかっこよさ感じるとかで手当たり次第に飾ってるだけの普通のお店だったし、そのオジサンもいい人だった」
「……そうか」
ウータイ語の複雑な表意文字はデザインとして流行していた時期があるらしく、かつてのミッドガルにはそのようなネオン看板が多くあったようだ。もちろんそれらは、ユフィのような漢字を読める者からすればかなり”おもしろい”ことになっている。
ヴィンセントは一瞬沸き上がった警戒心こそ引っ込めたものの、いまだ武骨で素朴な佇まいが多いエッジの街中で”ヤバイ”レベルの飾りつけを想像し、微妙な顔になった。それをどこか含みのある上目遣いで見つめながら、ユフィはうきうきと驚きの発言を投下した。
「それでさ、実はもうハナシつけてきちゃった」
「は?」
ヴィンセントはぱちりと目を瞬いた。
「買ったのか?」
「うん。だって寒いし」
「……月末にはウータイへ戻るのだろう。私はてっきり、年明けにお前の自宅からここへ持って帰るという話なのかと」
「それだとウータイで困るじゃん!」
そう……なのだろうか? そもそもコタツの具体像がわからないヴィンセントには、ユフィの主張がどの程度正当なものなのか――もしくはそうでないのか、どうにも判断がつきかねた。
ユフィはヴィンセントが困惑している隙を逃さず、畳みかける。
「だから次の休み、家具動かすからさ、手伝ってくれる?」
「あ、ああ。それはもちろん構わない」
「やったあ、ありがと!」
話をうまく運んだユフィは上機嫌だ。家具を動かすとなるとやはり男手は欲しい。ユフィとて見た目より力はあるのだが、一人では限度がある。
「んっふっふー。あ~コタツ、楽しみだなー!」
「それほどか」
「何事も経験だよ。ヴィンセントももしかしたら欲しくなっちゃうかもだよ?」
にこにこ笑いながらもたれかかってくるユフィに、ヴィンセントは曖昧に首を傾げて返事とした。そもそも床に座るウータイ様式はヴィンセントにとって異なものだ。
だがユフィの言にも一理ある。ユフィとこうして過ごしていなければ、ヴィンセントが経験し得なかっただろうものは数多い。
職場の巨大ツリーを眺めることも、イルミネーションの中を歩くことも、色鮮やかな皿を買うことも。部屋を借りて、人並みに整えることすら。
ユフィがヴィンセントを、そしてヴィンセントがユフィを選ばなければ。そんな普通の生活は自分の身には許されないものだと、きっとヴィンセントは思い込んでいたままだった。
「ヴィンセントって体温低いけど、くっついてるとあったかくなるよね」
「お前の体温が移るのだろう」
「そーかな?」
えへへ、とユフィが笑う。
このぬくもりもまた、二人でなければ知り得ないものだ。ヴィンセントはユフィを抱き寄せると、その体温を味わうかのように頬を寄せ、目を閉じた。
