4.マグカップ
初めてユフィの部屋を訪れた日から、ヴィンセントは密かに感心していることがあった。
それはユフィの、食器の趣味の良さだ。
ユフィはエッジでアパートを借りている。その一人暮らしの部屋にしっかりとした食器棚がわざわざ置いてあることにヴィンセントはまず驚いたのだが、その中身はヴィンセントをさらに驚かせた。
様々な大きさ・深さを取り揃えた、色とりどりの皿。ガラス、白磁、陶器に木皿。素材も産地も違うだろうそれらが、ほぼ四つずつ重ねられて整然と並ぶさまは壮観だ。
しかも、それらは間違いなく実用品なのだ。ユフィが手ずから作る料理は、それらの皿に盛られることでますます輝いた。深い藍色の皿に煮物を乗せるだとか、つるりとした黄色の皿に炒め物を乗せようだなんて、ヴィンセントなら考えもしない。皿の色が強すぎるように思ってしまうからだ。だが実際には、料理は皿の色によって魔法をかけられたかのように、ますます鮮やかで美味しそうに映えた。
ヴィンセントはキッチンに立つユフィを眺めるのも好きだ。特に完成した料理を皿に盛る瞬間は、毎回拍手をしたい衝動に駆られる。表情には出ていないはずなのだがなぜかユフィにはバレているようで、彼女は出来上がった皿をヴィンセントに運ばせながら、時折呆れたように笑うのだった。
「今度お揃いでマグカップ買おうよ。んでヴィンセントの部屋に置いといて」
夕食を食べながら、突然ユフィがそう言った。
「構わないが……」
「アタシさ、アンタの生活にはもうちょっとカラフルさが必要だと思うんだよね」
「……カラフルさ?」
「カラフルさ。ほら言うじゃん、人生には彩りが必要って」
彩りと言われ、ヴィンセントは思わず目の前のテーブルを見た。色とりどりの皿に盛られた、鮮やかに輝く料理の数々。
ヴィンセントの部屋には食器など数えるほどしかない。それもどこで買ったかも思い出せないような、ありふれた白の無地だ。
「アンタの部屋ってシンプルすぎっていうか、無味乾燥? そもそも物がないってのもあるけど」
「それは……すまない」
「んん、謝るようなことじゃなくてさ。ちょっとした快適さとか、癒しとか潤いとか、そういうのを今まで考えられない生活してきたんだろうなと思っちゃったわけ」
ユフィは軽く言ったが、その言葉は思いのほかヴィンセントに突き刺さった。
殺伐とした仕事に追われていた時代は、それでもどうにか人並みだったかもしれない。だが人としての生を奪われてから、ヴィンセントの世界は沈んだ無彩色だった。己の纏う血のような赤だけが、色だった。
棺桶を出て、旅を終え。仲間と別れて一人世界を巡って。その過程で様々に色鮮やかな世界を見てきたと思っていたのに、命を取り戻してから構えた部屋が相変わらずの無彩色にしかならなかったことは、ヴィンセント自身を少なからず失望させていたのだと。今、言われて初めて気がついた。
「最初は単純にモノトーン趣味なのかと思ってたんだけど。そうでもないでしょ? アンタうちの皿とか好きだもんね」
ヴィンセントは思わず唇を引き結んだ。知られていたのかと思うと少し恥ずかしい。
「ね?」
「……ああ」
ヴィンセントがしぶしぶ認めると、ユフィは満足げに笑う。
「まー、なんでも急にやるのは良くないからね。ちょっとずつカラフルさに慣れていこ。とりあえず小物からね」
「それでマグカップか」
「そう。あとクッションとかも欲しいかなー」
ユフィは楽しそうに指折り数えながら、ヴィンセントの部屋の改造案を練っていく。
人生に彩りが必要ならば。
ヴィンセントに必要なそれは、きっとユフィが連れて来たのだろう。
「おっ、けっこう乗り気?」
「そうだな。楽しみにしている」
ユフィにそう答え、ヴィンセントは食事を再開した。
