【FF7】決別と再会 - 3/6

 

ヴィンセントは宣言通りに自分の足でシエラ号を降りたものの、シドによって放り込まれたホテルの一室で二日間眠り続けた。
三日目の夕刻、差し込む西日の明るさに目を覚ました彼は、状況を把握する暇もなく、泣き喚くユフィに抱きつかれて目を白黒とさせる。

「ヴィンセント! 良かったあああ……!」
「……ユフィ?」

部屋には覚えがあれどなぜユフィがいるのかは分からず、ヴィンセントは困惑のままに室内を見回した。他にはどうやら誰もいないようだ。ぐすぐすと涙するユフィの頭をとりあえず撫でてやりながら、嫁入り前の娘としては不用心に過ぎるのではないか、とどうでもいいことを思う。

「アンタはまた二日も寝てたの! 起きなかったらどうしようって思って、怖かったぁ……」
「それは……すまなかった」
「体調どう?」
「……問題ない、と思う。痛みもない」
「熱測るから手貸して。――うん、下がったね」

ヴィンセントの手首に何やら機械をかざしたユフィがほっとしたように、やっと笑った。

「なぜお前がここに?」
「アンタ医者とか嫌いでしょ。目ぇ覚ましてそういうのに囲まれてたら暴れるかもしんないし、ってコトで手の空いてるヤツが交代でね」
「……世話をかけた」
「別に看病してたわけじゃないよ、見てただけだから」

ヴィンセントの身体に関しては不明な点が多すぎて、例えWROの医療班が送り込まれていたとしても役に立ったかどうかはわからない。もともと驚異的な回復能力があるために、今までの大抵の場合、寝かせておけばそれで済んでしまったからだ。
ヴィンセント自身の口から語ったことはないが、仲間たちは彼が医者や研究者を避ける理由をよく理解していた。ヴィンセントは自分の身体を弄られることよりも、その結果生み出されるかもしれない新たな悲劇を恐れているのだ。人の意思は容易く変わる。発端では確かに高潔であった人が、可能性という魔物に魅入られてしまう。
仲間たちは、この部屋を守っていたのだ。

「感謝する」
「……ん」

ベッドの上で穏やかに礼を述べるヴィンセントを見、ユフィは再びこみ上げてきた涙を慌てて拭う。

「なんか食べれそ?」
「そうだな……。いや、先にシャワーを浴びたい」
「おっけおっけ、あっちのドアだよ。その間になんかルームサービスでも頼んどくね」
「ああ」

特に危なげもなくベッドから降りたヴィンセントは、少し思案してクローゼットを漁ってからバスルームへと入っていった。そのシャワーの水音に軽く耳を澄ませながらユフィは適当に食事を注文した。ソファに落ち着き、仲間たちへグループメールを送信する。

ヴィンセントが寝ている姿を、ユフィは今まで何度も見ている。神羅屋敷で彼が叩き起こされるところにこそ居合わせなかったが、彼だって戦闘不能でぶっ倒れることは何度もあった。野営やなんかでは一緒に雑魚寝もしたし、乗り物での移動中すやすやとうたた寝しているのを恨めしく見上げたこともある。
ユフィが知る彼はいつだって気配に敏感で、寝ていても大抵は誰かが起こす前に目を覚ましていた。起こそうとして起きなかったことなど、それこそ一度もなかった。
三日前、ヴィンセントが見つかったというニュースは瞬く間に仲間内で共有された。エッジへ連れてくるという知らせに、ユフィは手につかない仕事を放り投げてシエラ号を待ち構えていたのだ。
ユフィはずっとヴィンセントを探していたし、彼が絶対に無事だと信じていた。
だから『体調がイマイチみてぇだからしばらく休ませる』なんてシドのメールを見たときは、足元ががらがらと崩れるような心地に陥った。
ヴィンセントが死ぬかもしれない、なんて。
一度もそう考えなかったわけじゃない。でも絶対にそう考えたくなかったから、絶対に生きていると思い込んでいたのだと、ユフィは気づいてしまった。
ホテルの一室でベッドに横たわるヴィンセントはまるで死体のように身動きもせず、ただ寝ているのとは明らかに様子が違っていた。
息はしている。珍しく、熱がある。さっきまで普通に歩いてたし、飲み食いもした。シドの雑な説明はあまりユフィの耳に入ってこなかった。最初の日はそのままシドとシェルクの三人でここにいた。
二日目はティファとクラウドが来た。いつもなら嬉々として独り占めしてしまうティファ手ずからの差し入れもあまり喉を通らず、余計な心配をかけてしまった。
今日は朝からケット・シーが動いていたのだが、WROの方で猫の手も借りたい事態が起きたらしく、途中でシェルクが来て回収していってしまった。今にして思えば、WROで何かあったのなら職員であるユフィだって駆り出されておかしくない。気をつかってもらってたんだなぁ、とユフィは脚を抱えて少し反省した。
携帯の画面に次々と表示される仲間たちの返信は安堵にあふれている。この喜びの輪に、また悪い知らせを送りたくはない。

エアリス、エアリスお願いだよ。ユフィは携帯を握りしめて子供のように祈った。
星痕のクラウドを助けてくれたみたいに。ヴィンセントのことも、どうか助けてあげて。

 

 

(――あれはやはり筋肉痛だったのだろうか)

皆にこれほど迷惑と心配をかけてしまった後でそんな間抜けな結論になるのは憚られるな、とヴィンセントは思った。
シャワーを済ませると気分もすっきりとした。ここへ来る前にシドが適当に揃えてくれた着替えは上も下も若干丈が足りなかったが、文句など言えようはずもない。
鏡に映る自分は相変わらずだった。顔も、鬱陶しい髪も、いくらか薄れた昔の傷跡も変わりはない。軽く身体を動かしてみたが痛みも違和感も感じられなかった。いつも通り、すぐにでも動けるだろう――自己診断があてになるかどうかは別として。
ふと思いつき、ヴィンセントはアメニティのヘアゴムで濡れた髪を一つに纏めた。そうして鏡の中から見返してくる自分は、当然ながらあの夢のカオスに似ている。

『しばしの別れだ、ヴィンセント・ヴァレンタイン』
『星が果てるとき、また会おう』

星が果てるとき、それはカオスとオメガが真に顕現すべき瞬間だ。全ての命が集められ、次の礎となるために星の海へと漕ぎ出す。ヒトという種にとっては想像を絶する遥か先の終着点、けれども星の眷属ウェポンにとっては始めから予定されている使命の日。
ではやはり――あれは決別の言葉だったのだ。そして、抜き取られていった白い光。
ヴィンセントは己の胸元に触れる。
エンシェントマテリア。ルクレツィアによって埋め込まれ、ロッソによって奪われたもの。その後取り戻しはしたが、今もここに在るのかと問われれば、ヴィンセントに確かな返答はできない。
ロッソに貫かれるまで、ヴィンセントは自分の体内にマテリアが埋まっていることなど知らなかった。触れればわかるような感触も特になかったからだ。それは今となっても変わらない。

もし――もし、カオスがこの身から消えたのだとしたら。

ルクレツィアがヴィンセントをカオスの器としたのは、魔獣を埋め込むという宝条の実験によってヴィンセントが死に掛けていたからだ。魔獣たちをカオスが抑えていたのなら、それが消えたとき――
埒のあかない思考にヴィンセントは首を振った。髪を解き、ヘアゴムをゴミ箱へ放り込む。
全く気は進まないが、ここは誰かを頼るしかないのだろう。奇しくもお膳立ては整っている。まるで見えざる手によって、押し出されたかのように。

『星は、お前の働きに満足している』

いつその生が終わるかなど、そもそも誰にもわかりはしない。
星の上でうごめくちっぽけな命は、明日をもしれぬ身でそれぞれ足掻いてきた。獲物を狩る、子を産む、誰かを守る、何かを作る。そうして得た、人生に値する仕事をやり遂げたという証しはその大きさの如何にかかわらず、最期の瞬間にも怖れを払い笑って死ねるだけの幸福となる。
――あるいは、それを約束の地と呼ぶのかもしれない。
であればエアリスは、それを見つけていたのだろう。思い出の中でいつも微笑んでいる亡き仲間に、ヴィンセントは思いを馳せた。

 

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