翌日。WROで最も大きなシミュレーションルームを擁する訓練棟は人で溢れかえっていた。
星を救った英雄同士の模擬戦というだけでも、WRO内部では大イベントだ。しかもその片方は、つい先日まで行方不明だったオメガ戦役の英雄、ヴィンセント・ヴァレンタインだという。
直接観覧できるコントロールルームに入れるのは二人の知り合いと、シフトを引き当てた幸運な職員のみと定められたため、行き場を失ったその他の職員たちのために、訓練棟のあらゆるモニターがライブ中継機と化している。
英雄特権でまんまと特等席をせしめた一人、シド・ハイウインドは、ホログラムで再現された瓦礫の街並みを強化ガラス越しに真剣な顔で眺め下ろしていた。
戦いは、いよいよ佳境を迎えつつある。
「全然なまってないよね、アンタって!」
病み上がりのくせに! と叫びつつ上空から振り下ろされた大手裏剣をヴィンセントは優雅なバックステップで避けたかと思うと瞬時に踏み込み、ユフィが着地するところを狙って容赦のない蹴りを放った。驚異的な瞬発力と柔軟性とでそれを躱したユフィは、牽制にサンダラを放ってヴィンセントの追撃を封じ、瓦礫の陰に転がり込む。
その微かな足音を脳裏で追いながら、ヴィンセントはケルベロスに新たな弾を装填した。ランダム選択された市街戦の地形はヴィンセントに有利だ。にも関わらず、ユフィの巧妙な撹乱と位置取りに翻弄され、彼は攻め手を欠いている。
ユフィは紛れもなく戦闘の天才だ。口に出したことはないが、ヴィンセントは常々そう思っている。本気になりさえすれば彼女は、その気配を隠すのではなく完全に周囲へ溶け込ませることができる。奇襲攻撃は彼女の天性だ。ウータイ独自の武器である大手裏剣の軌道は予測が難しく、初撃を防いだ後こそが怖い。素の人間でありながらクラウドとヴィンセントに次ぐ戦闘能力は、まさしく驚嘆に値する。
突如として背後に生まれた殺気は、しかし予測済みのポイントだ。数発抜き撃つが、避けられる――のも想定内。着弾で彼女の軌道を制限しておいて、ヴィンセントはマントを払い地を蹴った。――ここまでは誘導、さて、どうか。
飛んできた大手裏剣を視界に入れぬまま、壁を数歩蹴って身代わりとする。弾かれたそれを空中で掴み取ったユフィは、ヴィンセントを地に縫い付けておくべく武器と魔法を雨と降らせた。
「アンタに飛ばれるとホント厄介!」
「上手いものだが、それでは倒れんぞ」
軽口と共にケルベロスの三つ首が火を吹き、ユフィの隠れ場所を次々と暴いていく。
ここまでの高揚感は――楽しいと思えたのは、本当にいつぶりか。
傾いだ街灯の上に降り立ったユフィが、ヴィンセントを見据えて正眼に武器を構えた。ふわりと、赤い光が舞い始める。
彼女の最大リミット技、森羅万象は、その名の通り戦場の全てを支配下へと変える。
たちまちに塗り替えられていく戦場の気配に抑えきれない愉悦を感じながら、ヴィンセントは一歩を踏み出し、自らもリミット技を解き放った。
その瞬間を、モニターを見ていた者たちは忘れないだろう。皆が一様に息を呑み、驚愕と沈黙がWROを支配した。
リミットブレイクの赫光に照らされたヴィンセントの、そのつくりものめいた美貌が傾国もかくやという笑みを浮かべるのを、何の因果かカメラは大写しに捉えていた。
――嫣然と、それでいて心底楽しげに。
仲間たちですら見たことがないような、生き生きとした表情で。
「懐かしいな」
赤く耀う瞳を細めて、彼はそう、呟いた。
湧き起こる風に黒髪とマントが激しく翻る。悪魔の翼は、顕れない。
ヴィンセントの周囲に幾つもの光が生まれた。それらは瞬きの間に姿を変え、ヴィンセントの前方に半円の布陣を描いて浮遊する何十丁ものライフル銃となって、嵐を従えたユフィをまさしく迎え撃つように顕現した。
「は、なにナニ何!!」
ヴィンセントが指揮官のように手を振るう。それを見もせずにユフィは地面を蹴った。跳んで、走って、ずらして、突進。その軌跡全てに鉛玉の雨が穴を穿つ。ヴィンセントの誇る驚異的な命中率を確実に反映した数多の銃口が、確実にユフィを追い詰めていく。
「く、うう!」
こんなの知らない、なんで、どうして。尽きない疑問を無理矢理に振り捨ててユフィは疾走した。距離を置いていては蜂の巣にされるだけだなんて、考えなくてもわかる。裂帛の気合と共に森羅万象の気が爆発的に荒れ狂い、銃の群れを削り取って射線に穴を開けた。そこに、飛び込む。
スローモーションのように引き延ばされたその一瞬を、ユフィは見た。
ヴィンセントは笑っていた。まるで普通の青年のように、楽しくてたまらないという顔で。彼はケルベロスを構えたが、その引鉄は引かれなかった。
あるはずのない角度から跳んできた弾丸が、ユフィの脚を、さらに脇腹を貫いたからだ。
失速し、崩れ落ちながらユフィが駄目元で投げ放った大手裏剣は、ヴィンセントの頬を掠めて後方へと消えた。突き付けられた三つ首の銃口を、ユフィは恨めしく睨みつけ――敗北を悟った。
訓練終了のアラームが鳴り響き、仮想の街並みが消えていく。
「ヴィンセント。カオスに……なんないの」
「そのようだ」
へたり込んだユフィにヴィンセントはケアルガを掛け、手を差し伸べて引き上げながら、もう常と変わらない様子でそう答える。
「……なんで」
ユフィは呆然とヴィンセントを見つめた。ユフィお気に入りの綺麗な顔の、白い頬に傷がある。彼の目と同じ赤い傷から血が滴っている。いまだ、癒え始める様子はない。
「もう居ない」
「いない……?」
「居ない。それを確かめに来た」
立たされたユフィは、思わずヴィンセントの首に両腕を回して抱きついた。カオスはいない。ヴィンセントの淡々とした言葉が沁みとおるとともに涙があふれてきて、マントの首元にぐりぐりと顔を押し付ける。
ヴィンセントがいつものように小さくため息をついて、首にぶら下がるユフィを片手で抱え上げた。
コントロールルームからぎゃんぎゃんと喚く声が聞こえる。ここは内部から訓練終了操作をするまでドアが開かない仕組みのはずだが、そのうち誰かが無理やりに押し入ってきてもおかしくなさそうだ。
「みんな大騒ぎだよ」
「暇人だな」
「アンタあっさりしすぎ」
「そうでもない。見た目に出さないだけだ」
「ぜったいウソ」
自分の中からカオスが消えたことを、ヴィンセントはわかっていたのだろうか。きっとそうだ。ユフィは口実に使われたようなものだが、むしろ自分でよかったとユフィは思った。
おかげで今この瞬間に、ヴィンセントの一番近くにいられる。
「普通のヒトに戻ったの?」
「さて。それをこれから検査するんだろう」
本当に嫌なのだろう、ヴィンセントは憂鬱そうに息を吐く。
「……もしかして、リーブに言われなくても受けるつもりだった?」
ヴィンセントはちらりとユフィに目をやり、答えない。
「悪っるぅ……。黙っといてあげるからあとでなんか奢って」
「……店を選んでおけ」
『オイお前ら! いつまでイチャイチャしてんだとっとと出てきやがれ!』
しびれを切らしたシドの怒号がマイクを通してシミュレーションルームに鳴り響く。あまりの大音量にヴィンセントとユフィは揃って顔を顰め、仕方なくドアの方を見た。
「そろそろ下りろ」
「やだ。アンタが検査から逃げ出さないように重しになっててやんないと」
「お前は軽い」
「泣いてるオンナが軽いわけないでしょ。振りほどけないくせに」
黙り込んだヴィンセントがやっぱり振り落としてこないのをいいことに、ユフィはますます強く彼にしがみついた。
結局ユフィを抱えたまま歩き出す羽目になったヴィンセントはさらに不倶戴天を拾うと、ふと小声で囁いた。
「付き合ってもらった礼に、ひとつ。私のあのリミット技は、今までに見た大抵の銃を再現できる」
「……えっ」
「ところで、銃と砲の違いはなんだと思う」
嫌な流れに顔を引きつらせたユフィに対し、ヴィンセントはこれ見よがしに唇を吊り上げ――非常に“悪い“笑みを浮かべて彼女を見た。
「お、大きさ……?」
「大きさ、か。ではお前が今までに見た、最も巨きな砲とは何だ」
砲。つまり手持ちレベルでなく、車や建物に据え付けのアレだ。神羅製の戦車や自律兵器、プラウドクラッド、コンドルフォートや、ジュノンの。
「シ、シスター……レイ……」
ウソでしょ、とユフィは上擦った声で呟いた。
シスターレイ。ジュノンから移築され、ミッドガルの全電力を以てウェポンを貫き大空洞のバリアを破った、あの巨砲。
ヴィンセントはもちろん、その瞬間を見ていた。
「試してみたいが、ここでやったら怒られるだろうな」
「ウソでしょ!?」
ユフィの本気の叫びに、ヴィンセントは答えないままくすくすと笑い声を漏らした。
コイツの笑顔ってすっごく綺麗だけど、厄介すぎて見たくない。ユフィは初めて、そんなことを思ったのだった。
かつての神羅カンパニーには、タークスオブタークスと呼ばれた男の、誰にも破られなかった戦闘記録が存在したという。
ヴィンセント・ヴァレンタインは今また、それと同じことをやってのけたのだ。現在、そして未来にWROに所属する者たちへの、置き土産、もしくは警告として。
